宇宙におけるコケ植物の環境応答と宇宙利用(スペース・モス)

更新 2023年7月 6日

Space MossEnvironmental response and utilization of mosses in space - Space Moss-

完了
宇宙利用/実験期間 2019年 ~ 2020年
研究目的 コケの生育を国際宇宙ステーション(ISS)の微小重力下と軌道上1G環境下で比較することで、重力が植物の総質量(バイオマス) に影響を与える要因を明らかにすることを目的とします。重力が変わることによって総質量が変わる原因は、遺伝子発現依存的な効果、物理的効果が考えられます。
宇宙利用/実験内容

ヒメツリガネゴケを冷蔵状態で打上げ、軌道上で1カ月程度培養後、化学固定もしくは冷凍回収、もしくは冷蔵状態で生存回収します。

回収サンプルについて
  • 地上で成長解析遺伝子発現解析、電顕解析 (葉緑体等)、光合成活性解析を実施します。(Run1、Run2)
  • 軌道上で2~4日培養したコケの顕微鏡観察を行うことにより、細胞分裂・伸長速度の解析や葉緑体運動のライブ観察を行います。(Run3)

これらにより、重力がヒメツリガネゴケの総質量を変化させる仕組みを明らかにします。

期待される利用/研究成果 重力が植物の総質量の変化に及ぼす影響、およびその仕組みを明らかにすることは、地上での作物増産、および宇宙での作物栽培を計画するための基礎データに繋がります。これまでの植物の宇宙実験は、茎や根など植物の特定の組織に対する重力影響に着目した研究のみでしたが、個体サイズの小さいヒメツリガネゴケを用いることで、植物個体全体に対する重力影響を評価できます。植物の総質量が微小重力に応答して変化することや、そのときの遺伝子発現状況、細胞質流動(原形質流動など)の様子が確認できます。コケは高等植物と遺伝的・生理的な特徴を多く共有しており、植物全般の重力応答の解明に適用できる可能性があります。
成果報告
関連トピックス
詳細

研究代表者

  • 藤田知道(北海道大学 大学院理学研究院 生物科学部門)

研究分担者

  • 日渡 祐二(宮城大学 食産業学群)
  • 半場 祐子(京都工芸繊維大学 応用生物学系)
  • 蒲池 浩之(富山大学 大学院理工学研究部)
  • 唐原 一郎(富山大学 大学院理工学研究部)
  • 久米 篤(九州大学 大学院農学研究院)
  • 松田 修(九州大学 大学院理学研究院)
  • 田中 歩(北海道大学 低温科学研究所)
  • 高林 厚史(北海道大学 低温科学研究所)
  • 坂田 洋一(東京農業大学 生命科学部)
  • 西山 智明(金沢大学 学際科学実験センター)
  • 長谷部 光泰(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 生物進化研究部門)
  • 小野田 雄介(京都大学大学院 農学研究科)
  • 橋本 博文(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)

要旨

スペース・モス実験は、コケ(ヒメツリガネゴケ)を国際宇宙ステーション(ISS).「きぼう」に打上げ、微小重力(µG・マイクロジー)環境下と遠心力を利用した人工1G環境下で培養し、両者を比較することで、重力が植物の生育(総質量/バイオマス) に与える影響の要因を明らかにするものです。

地上で、過重力(遠心力を利用した1Gよりも大きなG)環境下で培養すると、1Gで培養するよりも生育が良くなることが分かっています。

スペース・モス実験では、µG環境でコケの生育がどう変化するかを調べ、更に遺伝子の発現、電子顕微鏡や光学顕微鏡による観察、生きたまま回収したコケの光合成速度などの多面的な解析を行うことで、重力が植物の生育に及ぼす影響にせまります。

1Gと10Gで生育させたヒメツリガネゴケ

実験サンプルとしてヒメツリガネゴケを選んだ理由は、1つ1つの個体が小さく、小さな容器でもたくさんの個体を培養できること、冷蔵すれば長期(3ヶ月程度)保管できること、弱い光でも育つこと、全ゲノムが解析されていること、顕花植物を含む他の維管束植物と遺伝的・生理的な特徴を多く共有すること、などです。

実験の概要

スペース・モス実験は、Run1、Run2、Run3から成り立ちます。

Run1とRun2は同じ実験で、コケを植えた容器(写真1)をそれぞれ8個使用します。コケの容器は、下の方に肥料を含む寒天が入っています。日本で寒天の上にコケを植え、冷蔵して米国に輸送し、冷蔵のままISSまで運びました。ISS・「きぼう」に到着したコケの容器は、「きぼう」内に保管されている植物実験ユニット(Plant Experiment Unit: PEU)に収納されました。PEUは植物栽培用の小型の装置で、LED照明や、生育の状況を観察するビデオカメラなどの機能を持っています。

PEUは更に、細胞培養装置(CBEF; Cell Biology Experiment Facility)に取り付けられました。CBEFは、内部の温度や湿度をコントロールする機能をもっており、更に回転テーブルを回すことで、遠心力による人工重力を発生させることができます。容器8個の内4個はµGで、残り4個は1Gで培養しました。

CBEFで25日間培養したコケは、冷蔵(生きたまま)、冷凍、化学固定液に漬けるなどの処理をしたのち、地上に回収し解析しました。

写真1(飛行前)
写真1(軌道上)

Run3は、シャーレ(写真2)の中に肥料分を含む寒天を入れて中央部にコケを植えました。このサンプル3個を日本で準備して冷蔵で米国に輸送し、Run1のサンプルと一緒にISSまで運びました。Run1を行っている間は冷蔵保管し、Run1が終わった後に冷蔵庫から取り出してPEUに入れ、PEUをCBEFに取り付けて2-4日間培養しました。
培養後、シャーレを顕微鏡に取付け、ライブ観察で細胞分裂・伸長速度解析、葉緑体運動解析を行いました(Run3のサンプルは地上に回収していません)。

写真2
  • Run1のサンプルは、ドラゴン補給船運用18号機(SpX-18)で2019年7月26日に打ち上げられ、同年8月28日に地球に帰還しました。
  • Run2のサンプルは、ドラゴン補給船運用19号機(SpX-19)で2019年12月6日に打ち上げられ、2020年1月8日に地球に帰還しました。
  • Run3のサンプルは、ドラゴン補給船運用18号機(SpX-18)で2019年7月26日に打ち上げられました。
帰還サンプルの仕分け

期待される成果

  • 重力をはじめとした宇宙環境が植物の生育に与える影響をこれまでになく正確に測定でき、またその要因を解明できます。
  • この結果を基に、将来宇宙で植物(作物)を栽培する際に予想される、低重力による収穫量の減少に対する対策を提案できます。
  • この結果をもとに、地上での悪環境下における植物の生育維持や作物の収穫量減少に対する対策を提案できます。

参考資料

  • Takemura, K., Kamachi, H., Kume, A., Fujita, T., Karahara, I., and Hanba, Y.-T. (2017) A hypergravity environment increases chloroplast size, photosynthesis, and plant growth in the moss Physcomitrella patens. Journal of Plant Research, 130, 181-192. DOI: 10.1007/s10265-016-0879-z. (日本植物学会2018年度論文賞受賞論文)
  • 藤田知道, 久米篤, 蒲池浩之, 小野田雄介, 半場祐子, 日渡祐二, 唐原一郎, (2020) 1gとは異なる重力環境で植物はどのように育つのだろうか -コケ植物を用いた宇宙実験(スペース・モス)から期待できること- BSJ-Review 11, 60-74. (DOI: 10.24480/bsj-review.11a6.00178)
研究論文(Publication)

藤田 知道 FUJITA Tomomichi

北海道大学 大学院理学研究院 生物科学部門


国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
有人宇宙技術部門 きぼう利用センター
きぼう利用プロモーション室
お問い合わせ

きぼう利用ネットワーク

「きぼう」利用や宇宙実験に関する最新情報をお届けします。「きぼう」利用や宇宙実験に興味のある方はどなたでもご参加いただけます。

  • きぼう利用ネットワーク
  • きぼう利用ネットワークTwitter
  • メンバー登録フォーム
  • メンバー情報変更フォーム
  • メンバー情報登録解除フォーム