国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟に搭載された静電浮遊炉(ELF)※1 を用いたFragility実験※2 の研究成果が、npj Microgravity(Nature Publishing Group)に掲載されました。(論文情報)
酸化ランタンと酸化ニオブは、ある一定の比率で混ぜ合わせたときにガラス化します。しかし、一般的なガラスには必ずあるネットワーク構造を持たないのに、なぜガラスになるのかわかっていません。
本研究では、二つの酸化物の比率をさまざまに変えた組成の融液を微小重力下で浮遊させることで、密度・粘度・表面張力の高精度測定に成功しました。その結果、ガラス化する組成としない組成とで、物性に大きな違いがあることを明らかにしました。ダイヤモンドに迫る超高屈折率ガラスの開発に繋がる成果です。
- ※1 静電浮遊炉(ELF)
- ※2 新奇機能性非平衡酸化物創製に向けた高温酸化物融体のフラジリティーの起源の解明(Fragility)
研究代表者 小原 真司(物質・材料研究機構)
研究分担者 増野 敦信(京都大学、本論文の責任著者)、他
なぜ宇宙で実験するのか?
ISSに搭載されている静電浮遊炉(ELF)では、微小重力下で浮遊する試料を空間にとどめたままレーザー加熱で溶かすことができます。地上では容器との反応が避けられないような高温の酸化物融液に対しても、容器を必要としないELFでは、様々な熱物性を不純物の影響もなく、精度よく測定できます。ELFで得られる密度や粘度、表面張力の温度依存性データは、酸化物融液のガラス形成能を評価するのに必要不可欠です。
ガラス形成能を左右する要因を特定
酸化ランタン(La2O3)と酸化ニオブ(Nb2O5)は、特定の割合で混合したときにガラスになります。しかしこのガラスは、窓ガラスや食器のような一般的なガラスに必ずある緩やかなネットワーク構造(酸素四面体が頂点同士で連なっている)ではなく、原子が密に詰まっているという変わった構造となっています。なぜこんな非常識な構造でもガラスになるのかは、ガラスの科学において興味深いテーマです。今回、組成比を様々に変えたLa2O3-Nb2O5系試料(Nb2O5 含有量:29-99 mol %)を対象に、ISS-ELFを用いて高温融液の密度、粘度、表面張力を広い温度範囲で測定することに成功しました。その結果、ガラス化する組成(Nb2O5が40 mol %と70 mol %の付近)で最も大きな過冷却度に到達できることがわかりました。またこれらの組成では、ガラス化しない他の組成と比較して、融液の流動性が低い、すなわち温度を下げても液体構造の変化が起こりにくいことを定量的に示すことができました。組成の違いによるガラス形成能(ガラスになりやすさ)の差が、構造に関連した融液物性の違いとして定量評価できたことは、La2O3-Nb2O5系において非常識な構造でもガラス化する原因を解明するうえで大きな前進といえます。
宇宙でしか得られない知見
ISS-ELFでの微小重力環境では、結晶核の生成を抑えたまま液体を深く過冷却できるため、地上では結晶化してガラスにならない組成でも、幅広い温度範囲で凝固過程を追跡できます。最近合成が相次いでいる非ネットワーク型機能性酸化物ガラス※3の中でも代表的なLa2O3-Nb2O5系において、ガラス形成能と熱物性の相関を定量的に評価することに成功しました。
※3 酸素四面体同士が頂点共有してネットワークとして連なっているのではなく、酸素五面体や六面体なども混ざって、頂点以外に面や稜を共有して高い原子充填密度となっている構造を持つガラス
今後の展望
今回得られたデータは、ネットワーク構造を持たない機能性酸化物ガラスの組成設計に新たな指針を与えます。今後は、同様の実験を他の遷移金属酸化物(WO3、MoO3 など)を主成分とする系でも実施し、新しい高機能ガラス、例えばダイヤモンドを超える超高屈折率低分散ガラス、硬くて割れないガラス、温めると縮むガラスなどの創出を目指します。
なお、本論文の責任著者である京都大学 増野 敦信先生が研究代表を務めるELF利用テーマ「Unconventional Glass 2」の試料は、2025年10月26日に種子島宇宙センターから打ち上げられたHTV-X1に搭載されました。この試料を用いた軌道上実験は、来年以降に実施される予定です。
学術論文
本研究は、科研費学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」の支援により実施されました。




