宇宙線は、星の進化の過程で生成された元素が、超新星爆発の衝撃波などにより宇宙空間で加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出すという説が「標準モデル」として提案されています。このモデルによれば、地球で観測される宇宙線のスペクトル形状は「べき関数型」(E-γ)をしており、指数(-γ)は一定の値を持つと予測されていますが、宇宙線の主成分である陽子やいくつかの原子核についてはこの予測に反しており、テラ電子ボルト領域に至る「スペクトル硬化※」が報告されています。この観測結果は標準モデルでは説明できず、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、データの解釈をめぐって活発な議論が続いています。
「きぼう」で定常観測を継続するCALETにより、これまで陽子をはじめ、ホウ素、炭素、酸素でスペクトル硬化の高精度観測を行い、報告してきました。更に陽子ではエネルギーのより高い領域で「スペクトル軟化」も観測されています(リンク)。これが陽子固有の現象なのかを判断するため、陽子の次に重い原子核である「ヘリウム」も同様にスペクトル軟化の傾向があるのかが注目されていました。2021年にはDAMPE(DArk Matter Particle Explore)プロジェクトがヘリウムの30テラ電子ボルト付近でのスペクトル軟化の兆候について報告しました。そこでCALETチームはヘリウムの高精度解析を行い、40ギガ電子ボルトから250テラ電子ボルトと、DAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高いエネルギー領域まで、宇宙線ヘリウムスペクトルの高精度直接観測に成功しました。
2015年10月13日から2022年4月30日までのCALETのデータを用いてヘリウムのエネルギースペクトルを調べた結果、ヘリウムは250テラ電子ボルトまでスペクトル軟化の傾向が続いていることが明らかになりました(図参照)。また、昨年報告した陽子のデータを用い、陽子とヘリウムの比を確認したところ、エネルギーの増大と共に陽子に対するヘリウムの割合が増えていることが分かりました。標準モデルでは割合は変化しないため、「陽子とヘリウムには高エネルギー領域では何らかの異なる加速・伝搬機構がある」ことを示唆する結果となっています。
CALETは今後も更にデータを蓄積し、さらなる宇宙線加速、伝播機構の検証を目指します。
- 銀河宇宙線ヘリウム 高精度観測に成功 (早稲田大学プレスリリース)(2023年5月9日)
論文情報
用語解説
スペクトル軟化、スペクトル硬化
- スペクトル軟化とは、エネルギースペクトルの指数の絶対値が大きくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことを指します。スペクトル硬化はその逆で、エネルギースペクトルの指数の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を指します。