- 長期宇宙滞在した宇宙飛行士の多くに視力変化が起こることが2011年にNASA等の研究チームより報告され、宇宙飛行による体液シフトの影響による頭蓋内圧の上昇との関連に注目。
- 世界で初めて宇宙飛行前後の頭蓋内圧推定値の変化を確認。
- ほとんどの宇宙飛行士において飛行前に比べて飛行後の頭蓋内圧推定値が低下もしくは不変であり、眼に異常がなかったグループでは、頭蓋内圧推定値が飛行後に有意に低下。
- 眼球異常を呈した例のうち、頭蓋内圧推定値が飛行後に低下を示す例を確認。また、軌道上で体液シフト症状のあった例のうち、眼球異常を呈さず、頭蓋内圧推定値も飛行後に低下した例を確認。
- 学術誌Journal of Physiologyの注目論文(Editor's Choice)に取り上げられ、本研究の貢献を紹介。
概要
宇宙飛行士の長期宇宙滞在における健康管理上の課題として、眼球や視力への影響が注目されています。日本大学医学部・岩﨑賢一教授(研究代表者)らによるIPVI研究チームは、血圧と脳血量速度の波形などをもとに頭蓋内圧値の推定を飛行前後に行ない、さらに飛行中の顔面浮腫症状や視力検査などの結果と比較することでその原因究明に資することを目的として、頭蓋内圧の簡便な評価方法確立に関する研究を行いました。
頭蓋内圧は、脳や腰に針を刺して脳脊髄圧を測定する手法が一般的ですが、宇宙飛行直前、直後の状態にある宇宙飛行士に対して侵襲的な測定は向きません。本研究では、宇宙飛行士の血圧と脳血量速度の波形などをもとに、頭蓋内圧値の推定をISSへの搭乗前後に行ない、さらにISS滞在中の顔面浮腫症状や視力検査などの結果との比較を行ってきました。世界で初めて宇宙飛行前後の頭蓋内圧推定値の変化を確認しました。また、(1)長期宇宙飛行中の体液シフトが系統的に飛行後の頭蓋内圧推定値を上昇させることはない、(2)宇宙飛行の体液シフトによる頭蓋内圧の異常上昇が、眼球や視力への影響の必須の原因ではない、という新たな知見を示しました。そしてこの成果は英国の科学誌Journal of Physiologyに掲載されました(ref.1)。
さらに本論文はこの科学誌の注目論文(Editor's Choice)として取り上げられ、本論文をハイライトした展望記事(PERSPECTIVES)にまとめられています(ref.2)。この中で、「Iwasakiらの飛行前後での頭蓋内圧推定値の報告はSANS※1 の病因を理解するために重要な寄与をしている。」「当初の症候群名VIIP※2 のもとになった頭蓋内圧上昇の仮説に反して、実際には、ほとんどの宇宙飛行士は飛行後に頭蓋内圧推定値が低下もしくは無変化だった。」「Iwasakiらにより始められた頭蓋内圧推定値の研究は有意義で、高い頭蓋内圧自体がSANSの誘因ではないことを確認するために今後ISS内での測定が必要だ」と解説しています。
※1 SANS: Spaceflight-Associated Neuro-Ocular Syndrome
※2 VIIP: Visual Impairment Intracranial Pressure
論文情報
Ref.1
Ref.2