宇宙線炭素・酸素のテラ電子ボルト領域に至る直接観測により、スペクトル硬化を高精度に検出

公開 2021年1月14日

国際宇宙ステーション搭載の高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による炭素・酸素スペクトル測定

早稲田大学理工学術院主任研究員(研究院准教授)赤池陽水(あかいけようすい)、シエナ大学研究員Paolo Maestroと、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他研究機関、イタリア、米国の共同研究グループは、早稲田大学理工学術院名誉教授鳥居祥二が研究代表者を務める国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(CALET: 高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線中の炭素と酸素のテラ電子ボルトに至る漸次的をスペクトルの硬化を観測しました。

ISSで約5年間の定常観測を継続しているカロリメータ型検出器CALETは、核子あたり10ギガ電子ボルトから2.2テラ電子ボルト(用語解説 [1])の広いエネルギー領域で、宇宙線中の炭素・酸素成分のスペクトル(用語解説 [2, 3])の高精度直接観測を行い、テラ電子ボルト領域に至る漸次的なスペクトル硬化 (用語解説 [4])を検出しました。今回の結果は、原子核スペクトルに一般的に見られているスペクトル硬化を説明するために提案され、今まさに活発に議論されている銀河宇宙線の加速(用語解説 [5])・伝播機構のモデル検証おために重要な情報を提供するものです。これまでの観測結果との比較を含めて、研究コミュニティへ速報する意義がある判断されて、2020年12月18日に国際学術雑誌Physical Review Letters誌に掲載されました。

宇宙線は約100年前に発見されて以来、素粒子や宇宙の謎を解明する重要な情報をもたらしてきました。しかし、高エネルギーの宇宙線がどこでどのように加速されるのかは、まだ未解明な部分が多く残されています。これまでの多岐にわたる観測から、我々が住む銀河系内を起源とする宇宙線(銀河宇宙線)は、「超新星爆発に伴う衝撃波で加速され、銀河系内を星間磁場により拡散的に伝播して地球に飛来する」、という"標準モデル"による理解が一般的に行われています。このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪型のスペクトルが予測されます。しかし、近年の気球や人工衛星, ISSによる直接観測で、この予測に反する数100ギガ電子ボルトにおけるスペクトルの単一冪からのズレとして、スペクトルの硬化が報告されています。これは"標準モデル"では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。

CALETが観測したエネルギー領域は、これまで磁気スペクトロメータ(PAMELA, AMS-02) とカロリメータ型検出器(ATIC, CREAM, NUCLEONなど) の2種類の検出器によって別々にカバーされていました。CALETは今回、宇宙空間から初めて、全領域を単独の検出器として観測することに成功しました。これまでの測定結果では、気球に搭載されたカロリメータ型検出器によるテラ電子ボルト領域の観測結果は、エネルギー決定の難しさもあって比較的大きなばらつきを持っていました。磁気スペクトロメータによる1テラ電子ボルト以下での高精度測定と比較して、スペクトル全体の総合的理解が困難な状況であったと言えます。CALETの測定結果は、この積年の懸案事項を解決し、首尾一貫した実験的描像を描くことを可能にします。さらに、信頼性の高い宇宙線原子核スペクトルは、天文学の他分野でも使用される重要な基礎データでもあります。

研究成果ダイジェスト

これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

近年の目覚ましい発展により明らかになってきた、エックス線やガンマ線を含む宇宙における高エネルギー放射の最終的な理解には、その源となっている荷電宇宙線(用語解説 [2])の理解が必須となります。これは、電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトル(用語解説 [3])が主に,黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速(用語解説 [5])と伝播が隠されているためです。

地球に降り注ぐ宇宙線、そのなかでも特に銀河宇宙線を観測するには、大気の希薄な高い高度で直接捉える(直接観測)ことが不可欠です。そのため、国内外で飛翔体を用いた様々な装置が考案され,観測が実施されてきました.この結果、「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という"標準モデル"による理解が進んでいます。

さらに2000年代に入って以降、素粒子実験で開発された粒子検出技術を駆使した宇宙線の直接観測が本格化し、南極周回実験や宇宙空間における観測が実施されています。その結果、陽子や炭素、酸素等の主要な原子核成分に対し、単純な冪形状からのずれ、「スペクトル硬化」が示唆されています。これは宇宙線の加速や伝播機構に新たな仮説を導入した理論モデルの必要性を示唆しており、数多くの理論モデルが提案され、活発な議論が繰り広げられています。宇宙線の主成分である陽子についは、CALETの観測でもスペクトルの硬化を既に報告していますが、星の元素合成過程で生成される炭素や酸素といった重元素におけるスペクトル硬化の高精度観測に注目が集まっています。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

現在の宇宙線の直接観測は、主に磁気スペクトロメータとカロリメータの2種類の検出器による観測が主流です。磁気スペクトロメータは磁場を持つ検出器で、通過する粒子の曲がり具合とその向きから粒子の運動量と電荷の正負を測定する検出器です。 磁気スペクトロメータは、原理的に高精度な観測を達成することが可能ですが、観測エネルギーがテラ電子ボルト以下に制限されます。2010年代以降、特にISS搭載のAMS-02は、2011年から現在まで観測を継続し、炭素と酸素について数100ギガ電子ボルト領域におけるスペクトルの硬化を報告しています。

カロリメータ型検出器は、高エネルギーの入射粒子が生成する粒子シャワーを、厚い物質量を持つ検出器で吸収することでエネルギー測定します。このため、高エネルギー領域での観測に適しており、その代表例としてCREAMやATICなどの南極周回気球観測が実施されました。その結果は、全体としてスペクトル硬化を示しているのですが、観測の難しさから実験間によるばらつきが大きくなっています。CALETは世界で初めての宇宙空間での観測のために開発された本格的なカロリメータ型検出器です。そして、広いエネルギー測定範囲と確実な装置較正により、磁気スペクトロメータと従来のカロリメータ型検出器によってカバーされていた領域を単独の検出器として初めて観測し、炭素・酸素スペクトルの数100ギガ電子ボルト領域における硬化を高精度に検出することに成功しました。

そのために新しく開発した手法

CALETは2015年8月にISSに搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始し、現在まで5年以上観測を順調に継続しています。原子核のエネルギースペクトルを測定するためには、高い電荷選別性能とエネルギー測定性能を持つ検出器で長期間観測し、データを蓄積する必要があります。CALETは日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験で、特に高エネルギー電子の観測に最適化されていますが、電荷が40(電気素量)の原子核までの種類を判別できる電荷測定性能と1ギガ電子ボルトから1ペタ電子ボルト(用語解説 [1])の6桁に及ぶ広いエネルギー測定性能を持ち、陽子や原子核成分の観測にも優れた測定性能を発揮します。

CALETは図1に示すように3種類の検出器を組み合わせて構成されている装置です。検出器上部に電荷測定器(Charge Detector: CHD)を配置し、入射粒子の電荷を測定します。中央の解像型カロリメータ(Imaging Calorimeter: IMC)は、粒子が入射下位置と飛来した方向を測定します。最下部の全吸収型カロリメータ(Total Absorption Calorimeter: TASC)は、地球大気より厚い物質量を持ち、高エネルギーの入射粒子が生成するシャワー粒子のエネルギーを測定します。この3つ検出器から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特にTASCの厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。

図1 CALETで用いられているカロリメータの概念図。上から電荷測定器(CHD)、解像型カロリメータ(IMC)、全吸収型カロリメータ(TASC)で構成されている。
図2 テラ電子ボルト領域の炭素事象の観測例。

図2はテラ電子ボルト領域のエネルギーを持つ炭素事象の観測例を示しています。上層から入射し、CHDを通過した炭素がIMC内で核相互作用によって粒子シャワーを起こし、シャワーエネルギーがTASCによって測定されます。入射粒子のエネルギーがほぼ全て吸収される電子とは異なり、検出器からの漏れ出しは大きくなりますが、シャワーエネルギーの測定精度は高く、テラ電子ボルト領域まで含めて一様なエネルギー応答を有しています。これは磁気スペクトロメータでは得られない重要な特徴です。さらに、CHDとIMCを組み合わせること入射粒子の核種を正確に決定することができます。

今回の研究で得られた結果及び知見

図3 CALETによる観測結果と他の観測結果との比較。上から(a)炭素のエネルギースペクトル、(b)酸素のエネルギースペクトル、(c)炭素/酸素のスペクトルの比。エネルギーが大きくなるにつれ急激に少なくなるスペクトル構造を詳細に調べるため、スペクトルの図の縦軸にはエネルギーの2.7乗が積算されている。

2015年10月13日から2019年10月31日までのデータを用いて、CALETにより測定された炭素と酸素のエネルギースペクトルと、その比のエネルギー依存性を図3に示します(赤点)。灰色のバンドはCALETの観測に伴う現時点での系統誤差を含む全誤差です。図に示されているように、AMS-02と一致する数100GeV領域におけるスペクトル硬化が、より高精度に観測されていますが、スペクトルの絶対値は有意に低い観測結果でした。しかし炭素と酸素の比を見ると、AMS-02ともよく合致した結果となっており、スペクトル硬化の様子自体はよく一致しているといえます。

カロリメータによる原子核測定は独自の利点はあるものの難しさも大きく、系統誤差の見積もりも容易ではありません。CALETでは、加速器ビームによる性能検証実験やシミュレーション計算を駆使して詳細な系統誤差の評価を実施しています。さらに、AMS-02以外の多くの観測結果とは、誤差が大きいものの絶対値を含めて一致する傾向を示しています。AMS-02との絶対値の違いについては、まだ未知の系統的誤差に関する慎重な相互検証が必要ですが、原理的に異なる観測手法にも関わらず、よく一致するスペクトル硬化の結果が得られたことは、宇宙線の加速・伝播機構の理解に新たな問題を提起し、またその謎を解く重要な基礎データとなります。

さらに、CALETは今後の観測データの蓄積により、原子核あたり100 テラ電子ボルト領域に至る陽子・原子核スペクトルを決定することで、電荷に比例する加速限界の発見を目指します.これは,超新星残骸における衝撃波加速のエネルギー上限に対する直接検証となります。一方、加速限界が見られず冪スペクトルが100テラ電子ボルト領域まで伸びている場合も、非常に重要な観測結果となります。衝撃波近傍における磁場増幅等により加速限界が実際に増大しているということを、荷電粒子の観測により直接示すことになるためです。

研究の波及効果や社会的影響

CALETの観測には国内外から多くの関心が寄せられ、特に観測項目の一つである暗黒物質は宇宙における最大の謎の一つとして、新聞雑誌だけでなくNHK BSや国際版ナショナルジオグラフィックスにおいて放映されています。このことにより、CALETの科学成果だけでなくISSにおける「きぼう」の意義が再認識されるという成果も挙がっています。今回の成果もこれに続く波及効果を生むと期待されます。

今後の課題

スペクトル硬化の現象は陽子で既に確認されており、今回炭素と酸素でもその存在が確認されました。しかしこの硬化によるスペクトルの変化量は陽子に比べて小さいものでした。このような電荷に依存するスペクトル硬化の原因解明には、鉄のようなさらに重い原子核におけるスペクトルの精密な測定が非常に重要になります。CALETでは、すでに鉄をはじめとする重原子核のスペクトルの高精度な観測データが取得されており、今後に早期の発表を予定しています。

スペクトル硬化の原因として提案されている理論モデルの正否の判定には、ホウ素/炭素比のエネルギー依存性の観測も重要な役割を果たします。炭素や酸素が星の元素合成過程で生成され、超新星爆発に伴う衝撃波で加速され星間空間に放出される一次成分であるのに対し、ホウ素は一次成分の宇宙線が銀河内を伝播中に星間物質と相互作用してできる二次的な成分であるため、ホウ素/炭素比の測定が銀河内伝播の拡散過程を定量的に理解する上で重要になるからです。CALETはホウ素/炭素比テラ電子ボルト領域までの観測を実施しており、これまでの観測結果からスペクトル硬化の解明への貢献が可能になると考えられます。

用語解説

[1] 電子ボルト
  • エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。
[2] 宇宙線
  • 宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは陽子・原子核、電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。そのうち特に銀河系内の超新星爆発などで加速された宇宙線は銀河宇宙線と呼ばれています。
[3] スペクトル
  • 本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。
[4] スペクトル硬化
  • 冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。逆に、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことは、スペクトルの軟化と呼ばれています。
[5] 宇宙線加速
  • 高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。

論文情報

雑誌名
Physical Review Letters 125, 251102, 2020 Volume 125, Issue 25, 18 December 2020
論文名
著者名
O. Adriani et al. (CALET Collaboration), corresponding Authors: Yosui Akaike and Paolo Maestro
DOI
10.1103/PhysRevLett.125.251102

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