宇宙航空研究開発機構
情報・システム研究機構 国立極地研究所
早稲田大学
国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)が、夜間に高磁気緯度地域を通過する際に、数分間にわたって電子が降り注ぐ「電子の集中豪雨」とも呼ぶべき現象(Relativistic Electron Precipitation: 相対論的電子降下現象/REP現象)に遭遇することがあります。REP現象の発生中は、放射線電子の数が、その地域における平常時と比べて数百倍から数千倍にも増加するため、通過するISSにおいては船外活動中における宇宙飛行士の特に眼(水晶体)への被ばくによる影響が懸念されます。
JAXA研究開発部門の上野遥 研究開発員、同 宇宙科学研究所の中平聡志 研究開発員、国立極地研究所の片岡龍峰 准教授、早稲田大学の浅岡陽一 主任研究員及び国内外の機関から構成される研究グループらは、ISS・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された、日本が開発した3つの観測装置宇宙環境計測ミッション装置(SEDA-AP)、全天X線監視装置(MAXI)、高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)の2年半に渡る同時観測データを用いることで、その測定に成功しました。研究成果は、アメリカ地球物理学連合のSpace Weather誌(2019年12月15日)にオンライン掲載されました。
被ばく線量を測定するためには、放射線電子の数だけでなく、そのエネルギー分布を知る必要があります。本研究において研究チームらは、それぞれ低エネルギーと高エネルギーの電子の計数を行うことができるMAXIの放射線帯モニタ(RBM)、CALETの電荷検出器(CHD)に加えて、7つのチャンネルでエネルギー情報が得られるSEDA-APの高エネルギー軽粒子モニタ(SDOM)を利用しました。MAXI/RBMとCALET/CHDを用い、REP現象を探査したところ、約2年半の期間で762イベントが見つかりました。図2は、2015年11月4日に発生したREPイベントにおける、MAXI/RBM、CALET/CHD、SEDA-AP/SDOMで観測した電子個数の時間変動を示しています。REPイベントは電子線の強度が急速に変動する特徴があり、1秒の時間分解能をもつMAXI/RBMとCALET/CHDでその変動を捉え、REPイベントを判定することができます。SEDA-AP/SDOMの時間分解能は10秒でありREPイベントの検知はできませんが、REPを検知した時刻でのエネルギースペクトルを観測しているため、被ばく線量を算出することができます。762イベントの内、SDOMのデータを利用できる362イベントを使ってEVA中の水晶体への被ばく線量を求めると、おおよそ0.1-1.0mSvに分布し、最大のイベントでは約3mSvに達することが分かりました。ISS船内における静穏環境での1日で受ける被ばく線量は約1mSvですが、最大級のREPイベントでは、それを数倍上回る被ばく線量に達する可能性があることがわかりました。1回のREPイベントにおけるこの程度の被ばく線量は飛行士の健康に直接影響を及ぼすものではありませんが、放射線による水晶体への影響は線量率と積算線量の両方が関係し被ばく線量はできる限り低く抑えることが望ましいため、今後の宇宙天気予報では大規模なREPイベントの発生を、あらかじめ予測できるような研究活動が期待されます。
補足
今回用いたMAXIとCALETはもともと、本研究のような地球低軌道における地磁気捕捉荷電粒子の測定を主目的とした装置ではなく、それぞれX線天体および銀河宇宙線の観測のために設計された装置です。本研究を通じ、ISS上の実験装置の観測データを組み合わせることで、本来の研究分野を超えた新たなデータ活用の可能性が示されました。両実験プロジェクトは、宇宙科学研究所 科学衛星運用・データ利用ユニット(C-SODA)と協力してデータを開発し、DARTS(Data ARchives and Transmission System)を通じて分野横断的な利用を目指したデータの公開を行っています。SEDA-AP/SDOMの観測データも今年度中にDARTSからの配布が開始される見込みです。