宇宙空間は、太陽系外で誕生した「宇宙放射線(宇宙線)」で満ちています。宇宙線は、我々が直接調べることができるほぼ唯一の太陽系外の物質であり、何億年・何十億年も太陽系外を旅してきた宇宙線の組成やエネルギー、量の特徴を調べることで宇宙線の誕生の舞台や宇宙線が通過してきた宇宙空間、ダークマターの正体まで探ることができます。その反面、宇宙線は地球の磁気や大気のバリアをもってしても防ぎきることができないため、宇宙空間における精密機器故障(シングル・イベント効果※1)や、国際宇宙ステーションや航空機高度における被ばくの原因にもなっています。宇宙線の強さは太陽活動に影響されることが知られており、これを「宇宙線の太陽変調」と言います。その変化の高精度な測定を行うことでモデルを確立し、宇宙天気予報などにつなげることが期待されています。
今回はCALETによる観測データを宇宙線の太陽変調の理論モデルで再現することに成功した事で、ドリフト効果(後述)が宇宙線の太陽変調に大きな役割を果たしている証拠が世界で初めて得られました。この成果は科学雑誌Physical Review Lettersに掲載されました。【論文情報】
太陽磁場の活動と連動している黒点の数が約11年の周期で変わることはよく知られていますが、実は太陽活動の極大期に太陽磁場の極性が反転することが分かっており、極性まで考慮すると太陽は約22年周期で変化しています。地上の中性子モニターで観測された宇宙線の太陽変調にも約22年周期で変化する成分があり、太陽磁場の極性がその周期で反転することが関係していると考えられています。
電荷を持った粒子は、磁場の中を運動する際に力を受けてらせん運動をします。この際、磁場の強さや方向が粒子位置に応じて変化することにより、荷電粒子の旋回中心が移動する現象をドリフト効果といいます。宇宙線は電荷を持つ粒子であるため、宇宙線の太陽変調には、このドリフト効果が大きな影響を与えているのではないかと考えられていますが、11年周期ごとの太陽活動にはばらつきがあるため、宇宙線量の22年周期変動がドリフト効果の影響によるものであるという確かな証拠を捉える事が困難でした。
宇宙線の主な成分は正の電荷を持つ陽子ですが、数%の電子(負の電荷を持つ)も存在します。そこでCALETチームは、粒子の電荷の正負によりドリフトの向きが逆になることから、陽子と電子の量を同時に観測し、ドリフト効果を検証することを試みました。
2015年10月から2021年5月の約6年間にわたって宇宙線陽子・電子を同時観測し、2019年~2020年付近の太陽活動極小期を含む期間の太陽変調の様子を明らかにしました。6年間の電子と陽子の量を時系列でみると、2020年の太陽活動最小期に、陽子量はなだらかなピークを示しているのに対し、電子量は尖ったピークを示しています(図(b)を参照)。この結果は、宇宙線が正の電荷を持つか、負の電荷を持つかによって、太陽変調の挙動が異なることを示します。CALETチームはドリフト効果を考慮した理論モデルを構築し、今回得られたCALETの宇宙線陽子・電子の観測データがシミュレーションで再現できている事を確認しました。この結果は、ドリフト効果が宇宙線量の変動に大きな役割を果たしていることを示す、世界初の成果となりました。
- 太陽活動に伴う陽子と電子の電荷(正負)の違いに対する依存性の様子を高精度に観測することに成功 (早稲田大学プレスリリース)(2023年5月26日)
論文情報
用語解説
※1 シングル・イベント効果
- 1個の高エネルギー粒子(宇宙線)が宇宙機などに搭載された精密機器の半導体に入射した際、素子の誤作動や故障を引き起こす現象をシングル・イベント効果と呼びます。GeV 以上のエネルギーを持つ宇宙線がシングル・イベント効果を引き起こすと考えられています。
※2 カレントシート
- 太陽の南北半球から出た逆向きの磁力線が接する面で、太陽近傍では太陽赤道面から傾いた平面で表されます。この面には、上下の磁力線を反転させるための強い電流(カレント)が流れていると考えられています。カレントシートの構造は太陽の活動レベルに伴って大きく変化します。