宇宙環境下でマウスを約1カ月飼育すると、筋肉の萎縮と速筋化が生じることは古くから知られていました。筑波大学医学医療系/トランスボーダー医学研究センターの藤田諒助教 (卓越研究員)、高橋智教授および宇宙航空研究開発機構(JAXA)の芝大技術領域主幹らの研究グループは2016年に「きぼう」日本実験棟で実施した第1回小動物飼育ミッション(MHU-1)※1で帰還した宇宙飼育マウスの骨格筋で発現している遺伝子を解析し、大Maf群転写因子 (Mafa, Mafb, Maf) が速筋線維タイプの一つであるタイプ IIb 線維を直接作り出すことができる非常に強力な因子であることを発見しました。
成果のポイント
- 国際宇宙ステーション(ISS)に約1ヶ月間滞在したマウスの骨格筋で発現している遺伝子を解析し、大Maf群転写因子 (Mafa, Mafb, Maf) と呼ばれる3種類の遺伝子の発現が顕著に上昇していることを発見しました。
- これら遺伝子群の働きを詳細に調べるため、骨格筋に発現する大Maf群転写因子をすべて欠損させたノックアウトマウスを作製し、このマウスの筋肉は、速筋タイプの中でも最も速筋線維の特性が強いIIb タイプが消失し、IIaとIIxだけで構成されることを見出しました。
- また、上記とは反対に、大Maf群転写因子を筋肉で過剰に発現させると、本来はIIb 線維を持たない筋肉でIIb 線維を作出できることが分かり、大Maf群転写因子が筋肉を速筋タイプにすることに重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
本研究成果は、2023年3月22日に学術誌Cell Reportsのオンライン版で公開されました。(論文情報)
研究内容・今後の展望
筋肉(骨格筋)を構成する筋線維 (骨格筋細胞) は、収縮特性や代謝特性に応じて遅筋線維 (I型, 赤筋) と速筋線維 (II型, 白筋) に大別されます。 遅筋線維はマラソンのような持久的な筋収縮が得意です。一方、速筋線維は収縮スピードが速く、瞬間的に大きな力を出す特性があります。速筋線維はさらにIIa, IIx, IIbに細かく分類され、表記の順に速筋タイプの特性が強まっていくと考えられています。実際の筋肉にはこのような異なるタイプの筋線維がモザイク状に入り混じって存在しており、その比率によって、骨格筋全体の収縮能力や代謝能力など筋肉の質が決定されます。筋肉の線維タイプ組成は、さまざまな環境因子 (老化、トレーニング、宇宙滞在、不活動、筋疾患、食事など) の影響で後天的に変化します。筋線維タイプは環境要因によって変動することが分かっており、加齢に伴い骨格筋線維タイプは一般に遅筋化の方向に向かっていくことが示唆されています。一方で、不活動の状況では、速筋化が 誘導されることが知られています。そして、筋線維タイプ組成の比率は運動パフォーマンスや、疲労抵抗 性に関わるだけでなく、糖尿病の発症や遺伝性筋疾患の進行にも大きな影響を及ぼすことが知られています。これまで、遅筋線維を誘導する強力な因子はいくつか同定されていましたが、速筋線維を誘導する因子はほとんど知られていませんでした。
今回の研究成果を踏まえ、大Maf群転写因子を創薬のターゲットにすれば、加齢や病気によって変化した筋線維のタイプを再プログラム化し、筋肉の質を改善させる方法の開発が期待できます。また、将来的には、肉質制御による食肉産業への応用、さらにはアスリート向けなどのトレーニングプログラムの開発にもつながると考えられます。