希少糖生産関連酵素の構造解析

公開 2021年5月24日

高品質タンパク質結晶生成実験 成果事例

吉田 裕美

香川大学

研究の背景・面白さについて

図1 希少糖

「希少糖」は自然界に存在量が少ない単糖とその誘導体と位置付けられ(図1)、香川大学名誉教授の何森先生により希少糖研究が進められてきました。希少糖は自然界におけるその存在量の少なさから、当初は注目もされず研究対象とされることはほとんどなかったようです。しかし、自然界に大量に存在するD-フルクトース(単糖の一種)から希少糖の一つであるD-アルロース(D-プシコースとも呼ばれる)を生産することができる第一の酵素「D-タガトース-3エピメラーゼ(D-TE)」が何森先生らのグループにより発見され1-3)D-TEにより生産された希少糖D-アルロースを用いることで希少糖関連研究が幅広くできるようになりました。その結果、D-アルロースの生理学的効果についても研究が進み、D-アルロースには血糖値上昇の抑制効果、血管内脂肪の蓄積抑制効果があることがわかってきました。その後、D-アルロースから別の希少糖D-アロースを生産することが可能な第二の酵素「L-ラムノースイソメラーゼ(L-RhI)」も発見されました。D-アロースは抗酸化作用や癌細胞の増殖抑制効果を示すことがこれまでに報告されています(図2)。

図2 希少糖生産方法の一例

希少糖は個々の存在量は少ないのですが種類は多く、様々な希少糖を生産する設計図 " Izumoring (イズモリング)"が何森先生により考案されました4)。Izumoringには世代もあり、現在も進化し続けています。

無名であった希少糖のD-アルロースは、今では安全な食品として米国食品医薬品局FDA(U.S Food and Drug Administration)よりGRASとして認められ、医療・健康分野だけではなく、食品分野において(ノンカロリーとしての甘味料など)も広く利用されています。また、ヒトだけではなく植物分野においても(耐病性誘導や成長の調節作用など)その効果や利用価値があることがわかってきています。

※ Generally Recognized As Safe(一般に安全とみなされている)の略語であり、一定の使用目的における条件下での安全性が認められた食品添加物に対してFDAが認証を行っています。

図3 ズイナのハイドロカルチャー(写真提供:何森先生)
図4 「希少糖D-アロースの巨大結晶」高岡晴造 作(写真提供:何森先生)

ちなみに、「ズイナ(Itea)」という植物にはD-アルロースが多く含まれていることが知られていて、その特徴から「希少糖の木」と呼ばれています。しかし植物の中でなぜズイナだけがD-アルロースを多く含んでいるのか、謎は解明されていません。希少糖の木「ズイナ」の研究を進めるため、香川県木田郡三木町小蓑地区にある過疎のため廃校となった小学校跡に作られた希少糖生産技術研究所で、高齢者集団(通称「小蓑ズイナーズ」)が農学部で開発されたズイナの組織培養法で多数の苗木がハイドロカルチャーとして栽培されています。また、栽培されたズイナの苗は、研究材料としてだけでなく、希少糖の普及啓発のため、教材用として小学生達へ配布され活用されています(図3)。

上記は希少糖D-アルロースの例ですが、希少糖の種類は他にも多くあります。単糖というシンプルな構造を持つ糖ですが、謎に包まれていることがまだまだあります。糖の種類のなかで希少糖がなぜ残ってきたのか(残っているのか)、希少糖を生産することにより、用途以外にも解明されてくることがあるかもしれません。

希少糖関連研究では、個々の希少糖の生理活性を明らかにしていく機能解析、用途開発だけでなく、希少糖を用いて様々な研究ができる量にまで生産可能にする希少糖生産酵素のスクリーニングや化学合成法の開発等も行われています。大量生産が可能になったことで、巨大な結晶の塊が得られている希少糖もあります(図4)。私たちのグループは、このような希少糖を生産することが可能な酵素はどのように希少糖を認識しているのか、どのような触媒反応機構を示すのか、希少糖生産酵素の構造解析に興味を持って研究を行っています。

希少糖生産酵素として発見された第一の酵素はPseudomonas cichorii 由来D-タガトース 3-エピメラーゼ(PcDTE)、D-タガトースとD-ソルボース間の異性化反応を触媒する酵素ですが、この酵素はD-フルクトースとD-アルロース間の異性化反応も触媒することができる酵素でした。PcDTEは基質として複数のケトースの3位の水酸基のエピマー化をすることが可能ですが、リン酸化糖をエピマー化する酵素ではなく、リン酸基をもたない単糖の3位をエピマー化できるこの酵素が発見されたことが、D-フルクトースから希少糖D-アルロースを大量に生産する画期的な発見でした。 PcDTEのX線結晶解析により、活性部位では基質の1、3位の水酸基と2位のケト基が強固に認識されますが、4、5、6位の水酸基の認識があまいことから、D-フルクトースも認識されD-アルロースを生産することが可能であることがわかりました(図5、6)。また、PcDTEの基質複合体の構造解析から基質の2位のケト基と3位の水酸基を両側から挟みこむ2つのGlu残基(Glu152とGlu246)が触媒残基として働くことがわかり、cis-enediol反応機構に基づいて基質の C3位とO3位のプロトンを交換する「C3-O3プロトン交換反応」を介する触媒反応機構を提唱してきました(図7)5)

図5 D-TE の全体構造と単量体構造
図6 D-タガトースと D-フルクトースが結合した時の活性部位の構造
図7 D-TE の触媒反応機構

宇宙実験の結果・貢献ポイントについて

PcDTEについては、その後、1デオキシ糖や2位にケト基を持たない1-デオキシ3-ケトD-ガラクチトールなども基質とすることができるということがわかり、これらの基質が実際にどのようにPcDTEに認識されているのかを理解するため、様々な基質との複合体のX線結晶解析を行うことにしました。この時、分解能の向上を目指して良質な結晶を得るために、JAXAの高品質タンパク質結晶生成実験に参加し、微小重力環境下で良質な結晶を得ることができました。地上実験と宇宙実験で得られた結晶を用いて、幅広い基質特異性を示すPcDTEの興味深い基質認識を明らかにしました6)

野生型酵素と同様の酵素活性を維持している変異酵素PcDTE Cys66Serの活性部位において、1-デオキシ糖は2位のケト基と3位の水酸基が認識され、"基質"として認識されて触媒反応が行われる時もありますが、基質が反転して6、5、4位の水酸基が認識され触媒反応が行われない、すなわち"阻害剤"として結合してしまうこともわかりました。PcDTEは1-デオキシ糖に対して酵素活性を示しますが、総合的に評価している酵素活性は低いという理由でした。また、1-デオキシ3-ケトD-ガラクチトールについては、基質結合部位において1つシフトした2、4位の水酸基と3位のケト基を認識することにより、1-デオキシ糖より安定な"基質"として結合している、すなわち、PcDTEは1-デオキシ糖より高い酵素活性を示すという理由が明らかになりました(図8)。

図8 デオキシ糖が結合した活性部位の構造

今後の研究について

希少糖生産関連酵素は基質特異性が広いという特徴もありますが、PcDTEのように酵素として興味深い特性が見られることもあります。ユニークな特性を持つ様々な希少糖生産酵素の構造解析を行うことによって、酵素特性の理解、触媒反応機構の解明、よりよい希少糖の生産に向けた分子設計を目指した研究を行っていきます。

参考資料

  • 1)何森 健,「希少糖 秘話」, 希少糖文庫,2013年
  • 2)A. R. Khan, S. Takahata, H. Okaya, T. Tsumura & K.Izumori, J. Ferment. Bioeng., 74, 149 (1992).
  • 3)K. Izumori, A. R. Khan, H. Okaya & T. Tsumura, Biosci.Biotechnol. Biochem., 57, 1037 (1993).
  • 4)K. Izumori, Naturwissennshaften, 89, 120 (2002).
  • 5)H. Yoshida, M. Yamada, T. Nishitani, G. Takada, K. Izumori & S. Kamitori, J. Mol. Biol., 374, 443 (2007).
  • 6)H. Yoshida, A. Yoshihara, T. Ishii, K. Izumori & S. Kamitori, Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 10403 (2016).
研究者紹介+
吉田 裕美 (よしだ ひろみ)

香川大学医学部 総合生命科学研究センター 准教授

神鳥 成弘 (かみとり しげひろ)

香川大学医学部 総合生命科学研究センター 教授

吉原 明秀 (よしはら あきひで)

香川大学国際希少糖研究教育機構 准教授

何森 健 (いずもり けん)

香川大学農学部 特命教授

 


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