PADLES線量計では、宇宙放射線計測に優れた2つの素子(TLD-MSOとCR-39プラスチック飛跡検出器)を組み合わせた受動・積算型の線量計です。
宇宙放射線曝露期間中の積分値としてTLD-MSOから吸収線量実測値が、CR-39プラスチック飛跡検出器から高線エネルギー付与(LET)領域の粒子フルエンスのLET分布が得られます。両方の実測データを組み合わせることで全LET領域に相当する水等価吸収線量と線量当量、平均線質係数を算出します。
JAXAでは、国産のTLD-MSO-S(化成オプトニクス株式会社製)を使用しています。これは、Mg2SiO4:Tbの粉末をパイレックスガラスにアルゴンガスと共に封入したものです。
熱蛍光線量計は、放射線のエネルギーを吸収すると、電子状態が変化して脱励起します。この脱励起光(熱蛍光)の強度は吸収した放射線のエネルギーに比例します。熱蛍光線量計に500度までの加熱をして脱励起光の強度を測定することにより、熱蛍光体による吸収線量*1測定ができます。
JAXAでは、国産のCR-39プラスチックHARZLAS TD-1(フクビ化学工業株式会社製)を使用しています。
CR-39プラスチック飛跡検出器はメガネのレンズに使用されている材料で、重荷電粒子が通過すると、その飛跡にそって損傷ができます。水酸化ナトリウム溶液で化学処理をすると、その損傷領域が広がり、エッチピットと呼ばれる貫通孔ができます。エッチピットの形状(長径・短径)や個数を測定することで、LET分布*2、吸収線量*1を測定することができます。
プラスチックや鉱物、ガラスなどの電気を通さない固体に電気を帯びた粒子が入射すると、その粒子の飛跡に沿って永続的な損傷が生じます。化学処理(エッチング)すると、損傷した部分が周囲より速く削られ、エッチピットができます。この飛跡の形を詳しく測定することで、入射した粒子の位置や飛んできた方向、電荷状態やエネルギーなどのさまざまな情報を得ることができます。
JAXAが使用するCR-39プラスチック固体飛跡検出器は、アリル・ジクリコール・カーボネイト・モノマーに0.1%の酸化防止剤を添加して重合したポリマーです。これは、眼鏡のレンズにもよく使われるプラスチックです。
CR-39プラスチックは米国で開発され、1981年のスペースシャトル飛行実験で初めて宇宙飛行士の個人被ばく線量計として使用されましたが、その後、使われなくなりました。放射線量の推定には優れているのですが、サンプルの解析にあまりにも手間がかかり過ぎたのです。
写真は、国際宇宙ステーションに実際に搭載したCR-39のサンプルですが、表面には楕円形の穴(エッチピット)がいくつも開いています。
被ばく線量を計算するには、この楕円形の穴の長径と短径、さらに化学処理(エッチング)で削り取られた表面の厚さ(バルクエッチ量)を測定する必要があります。
これまでは人間が手動でこれらの測定を行っていました。
サンプルを光学顕微鏡で拡大して、フォーカシングをかけながら画像を撮影し、表面にできた数ミクロンから数百ミクロンの穴を数千個、一つ一つの画面で計測していくと、1枚当たり数千個のエッチピットの解析に何ヶ月もかかります。
しかし、生物サンプルの放射線影響解析や人の放射線被ばく管理のためには、帰還後、なるべく早く解析結果を得る必要があります。
宇宙放射線計測には、TLDとCR-39の併用が必須と認識されていましたが、CR-39の解析時間がネックとなっていました。
そこで、JAXAは、早稲田大学から2種類の素子を組合せた宇宙放射線に対する放射線計測技術を導入し、2000年から技術開発
「高速・高精度・自動解析システムの開発」
をスタートさせました。そして、
を導入したAUTO PADLESシステムを開発しました。現在では世界でもっとも早く計測結果が得られるシステムが実現しました。
積算型検出器である固体飛跡検出器や熱蛍光線量計は、宇宙開発の初期から今日まで宇宙放射線計測にしばしば応用されてきました。日本でもライフサイエンスや有人宇宙飛行の基盤づくりのための宇宙実験を中心に利用されています。
JAXA有人宇宙技術センターでは、これらの貴重な実績や成果に基づいて技術開発を進め、宇宙用受動積算型線量計システムPADLESを開発しました。PADLESは、宇宙環境を利用する多様な分野での研究・技術開発を支援し、宇宙環境計測データを提供する基盤技術の一つとして広く活用されることをめざします。
■1969年 | 宇宙開発事業団(NASDA)発足。 | |
■1992年 | STS-42 | 第1次国際微小重力実験室(IML-1)計画。NASDAは宇宙放射線環境計測実験を開始。固体飛跡検出材(CR-39)と熱蛍光線量計(TLD-MSO)を収納した「ドシメータパッケージ」と、生物試料をCR-39で挟んだ「宇宙放射線モニタリングコンテナ」を搭載。 |
■1992年 | STS-47 | 第1次材料実験(FMPT)。毛利衛宇宙飛行士が搭乗。ドシメータパッケージと宇宙放射線モニタリングコンテナを搭載。 |
■1994年 | STS-65 | 第2次国際微小重力実験室(IML-2)計画。向井千秋宇宙飛行士が搭乗。ドシメータパッケージと実時間放射線計測装置(RRMD)を搭載。 |
■1996年 | STS-79 | 改良型モニタ(RRMD-II) が高LET荷電粒子の測定に成功。ドシメータパッケージをRRMD-II上に設置し、本フライト以降、積算型線量計と能動型検出器RRMDとの比較実験が始まる。 |
■1997年 | STS-84 | 改良型モニタ(RRMD-III) が重荷電粒子の低LET領域を重点的に測定。RRMD-III上にドシメータパッケージ設置。 |
■1997年 | Mir | 宇宙放射線生物影響実験で宇宙放射線モニタリングコンテナ搭載。生物実験用の小型線量計開発のためにTLDなど各種の積算型線量計が搭載される。 |
■1998年 | STS-89 | 中性子モニタ装置(BBND)が初めてスペースシャトル船内の中性子スペクトルをリアルタイムで測定。RRMD-IIIは全LET領域を再測定し、さらに南大西洋異常域の荷電粒子の計測データを取得。線質依存性の異なる各種の積算型固体線量計を搭載。 |
■1998年 | STS-91 | RRMD-II、RRMD-IIIとドシメータパッケージの比較実験が行われる。BBND、人体内の線量分を測定する人体等価物質ファントム、各種の小型固体線量計を搭載。 |
■1998年 | STS-95 | ニューロラブ計画。ヒト細胞の宇宙放射線及び微小重力による癌遺伝子の変化を解析する世界初の実験が行われ、ドシメータパッケージ付き細胞培養装置を搭載。早稲田大学から積算線量計の解析技術を導入を開始する。 |
■2000年 | 高エネルギー加速器研究機構、放射線医学総合研究所と共同でPADLES技術開発に着手。放射線医学総合研究所HIMAC重イオン加速器を用いて素子の校正・特性試験を開始。 | |
■2001年 | ISS | 日揮、NHKと共同で高精細度撮像素子の宇宙放射線損傷試験開始。国際宇宙ステーション・ロシアサービスモジュールにCCD素子とともにPADLESを搭載。三菱総合研究所の協力を得て陽子線によるCR-39中での核破砕反応を検討。 |
■2002年 | PADLESシステムのCR-39高速画像読みとり装置整備。米国ERIL Research とSTS-95搭載試料の再解析と解析結果の相互比較を実施、線量計算方法を改良する。 | |
■2003年 | PADLESシステムのCR-39画像解析・線量自動計算ソフト整備。 | |
■2003年 | ISS | 宇宙航空研究開発機構(JAXA)発足。 |
■2004年 | ISS | 宇宙飛行士船外活動中の被ばく線量模擬実験開始。国際宇宙ステーション・ロシアサービスモジュールの船外曝露部に取り付けた人体模型「マトリョーシカ」内にPADLES搭載。各種の国際協同実験を開始する。 |
■2008年 (開始) |
ISS | 日本初の有人実験施設である「きぼう」日本実験棟が国際宇宙ステーションにドッキング。微小重力実験やライフサイエンス実験などが開始。Area/Bio/Crew PADLES実験を開始。 |
STS:スペースシャトルミッション Mir:ミール宇宙ステーション ISS:国際宇宙ステーション