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タンパク質について

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タンパク質の構造解析

タンパク質の研究には困難がつきまといます。
なぜなら、タンパク質は非常に小さいため直接観察することができないからです。
どうやって研究を進めるのかご紹介します。

タンパク質の形が分かると、たくさんの良いことが!小さすぎて目では見えないタンパク質の構造を観察するには

タンパク質は数十から数千個ものアミノ酸が集まって出来ていますが、大きさはたったの数nm(ナノメートル)から数十nmで、人間の目で直接見ることは出来ません(1nmは1mの1,000,000,000(十億)分の1のことです)。タンパク質をヒトの大きさまで拡大したとすると、ヒトは木星ほどの大きさ(直径がおよそ14万km)になると言えば、タンパク質がいかに小さいかがわかると思います。

これほど小さなタンパク質ですから、最新の顕微鏡を使っても、詳細な構造までは観察することが出来ません。かわりに登場するのが、「結晶」と「X線」です。結晶とは、固体のうち、原子や分子が規則正しく繰り返して配列した状態のことを言います。結晶というと塩や鉱物を思い浮かべるかもしれませんが、多数のアミノ酸が結合してできた複雑な分子であるタンパク質もそれらと同じように結晶になるのです(図1)。

塩化ナトリウム型の結晶

図1a. 塩化ナトリウム型の結晶

タンパク質の結晶

図1b. タンパク質の結晶

一方、X線は電磁波の一種ですが、ここでは、ある決まった長さを持つ「波」のことだと思って下さい。結晶にX線を照射すると、ある特定の方向にのみX線が反射され、スクリーン上で斑点(回折斑点と呼びます)となって観察できます(図2)。(実際には反射ではなく、「回折」という現象なのですが、あたかも結晶がX線を反射しているように理解できることから、便宜的に反射と呼ばれています。)

一見するとただの点の集まりにしか見えませんが、実は、この中に既にタンパク質の構造情報が詰まっているのです。より正確に言えば、回折斑点が現れる「位置」と「濃さ」に、結晶の繰り返し配列の特徴や、結晶を構成するタンパク質の構造に関する情報が含まれています。結晶のさまざまな方向からX線を照射して、3次元的に整列した回折斑点の位置と濃さを収集し、取得したデータを専用のプログラムにかけることで、元の分子構造を復元します。この手法のことを「X線結晶構造解析」といいます。

回折斑点

図2. 回折斑点

タンパク質研究のカギを握る結晶の品質

X線と結晶を利用して分子構造を調べる場合、結晶の品質がとても重要です。結晶が高品質であればあるほど、よりはっきりと分子の構造を決定出来るからです。逆に、品質の悪い結晶からはぼんやりとした構造しか決められないか、ぼんやりとした構造すら決定出来ない場合もあります。

ではなぜ、品質が悪い結晶だといけないのかを考えてみましょう。X線結晶構造解析の理論は、少しイメージしにくいと思いますが、これは今から約百年前、1912年にドイツのマックス・フォン・ラウエという物理学者が見出した「X線の回折現象」と、1913年にイギリスのヘンリー・ブラッグ、ローレンス・ブラッグ父子(ともに物理学者)が発見した「ブラッグの法則」に関する考え方を発展させたもので、高校3年くらい~大学で勉強します。まだ勉強していない人は大縄跳びを思い出しながら図3を見てください。より詳しく知りたい方は「X線回折」「ブラッグの法則」「X線結晶構造解析」というキーワードで調べてみましょう。以下では、ポイントを絞って説明します。

波の重ねあわせ

図3. 波の重ねあわせ

品質の良い(規則正しく分子が並んだ)結晶にX線の波を当てた場合、ある特定の方向で、波は綺麗に反射されます。波の高い所と低い所のタイミングが揃うと、より大きな波になります。結晶中にタンパク質分子がたくさんあって整然と並んでいれば、強めあって大きな波となった部分は結果として、1つの濃い点としてスクリーン上に映ります。

一方、品質の悪い結晶にX線の波を当てると、本来なら波が強め合う方向であっても、分子の並びが乱雑なせいで、波の反射する方向が少しずつずれてしまい、スクリーン上で一点に集まりません。これでは薄い点が広い範囲にボヤッと広がったようになってしまい、ひどい時には、隣の点と重なってしまったり、斑点自体が見えなくなったりします(図4)。
先ほど、スクリーン上に映った点の位置と濃さにタンパク質の構造に関する情報が含まれていると言いましたが、精密な構造を決定できるかどうかは、この回折斑点の情報をいかに正確に取得できるかにかかっています。逆に言えば、回折斑点の情報が不正確になると、そこから得られる構造も不正確でぼんやりとしてしまうのです。

病気の原因となるタンパク質の構造を調べたいと思ってせっかく結晶を作っても、結晶の品質が悪ければ、正確な回折斑点の情報が収集できず、そこから得られた構造はぼんやりしたものになってしまいます。これではこの病気に効く薬をタンパク質の構造を基に合理的に設計しようと思っても情報の精度が足りませんし、たとえ作ったとしても、想定外の影響をもたらす可能性があるようでは薬として安心して使うことが出来ません。

結晶品質による回折斑点の表れ方の違い

図4. 結晶品質による回折斑点の表れ方の違い

結晶化に悪影響を与える地球の重力

しかし、品質のよいタンパク質結晶を作ることは非常に難しいのです。どんな条件で結晶を作って良いのかという検討に数年かかるということも珍しくなく、中には10年以上かかっても高品質な結晶が得られず、詳細な構造が分からないこともあります。タンパク質のX線結晶構造解析の技術は、構造決定に必要なコンピュータの性能向上や、強力なX線源であるPhoton FactoryおよびSPring-8などの大型放射光施設(*1)の登場、またその他の実験技術の革新によって、近年、目覚ましい発展を遂げています。しかしその肝となる結晶生成とその高品質化は、いくつか技術発展が見られるものの、未だ研究者個々人の試行錯誤によって実施・検討されているのが現状なのです。

なぜ高品質な結晶を作るのが難しいのでしょうか?その原因の一つが、重力の影響で発生する「対流」です。結晶は、タンパク質が溶けている溶液の中で結晶の「核」が生成した後、その「核」に分子がくっついて成長します(図5)。このとき、ゆっくりと結晶化したほうが結晶の品質は良くなります。しかし、対流の影響で分子が次から次へと核の方へ運ばれてしまうと、結晶成長が加速してしまい、乱雑な配列の結晶になってしまうのです。誰かにせかされて片付けをするよりも、ゆっくり自分のペースで進めたほうが、きれいになるのに似ていますね。

(*1)放射光X線とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと

宇宙での結晶生成の特徴

図5. 宇宙での結晶生成の特徴

長年研究者を悩ませてきたこの「対流」の問題を解消する決定打が国際宇宙ステーションです。宇宙の特徴である無重力の状態では、地上のように密度や温度の違いによって生じる対流が起こりません。この地上にはない特徴によって、宇宙ではタンパク質の分子が規則正しく並び、地上では得られない高品質な結晶が生成すると考えられています。高品質な結晶が得られれば、今まで解析できなかったタンパク質の構造を知ることができるようになります。

高品質な結晶を作成しやすい宇宙の無重力環境を利用することで、地上の様々な研究開発分野に貢献していくことが、わたしたちが行っているプロジェクトの大きな目的なのです。

宇宙での結晶生成の特徴 国際宇宙ステーション「きぼう」を利用した高品質タンパク質結晶生成実験

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