Interview
04
Teruyuki Komatsu
小松 晃之
中央大学理工学部応用化学科教授
東京都出身。1966年生まれ。
1994年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。
1993年日本学術振興会特別研究員。
1995年日本学術振興会海外特別研究員(ベルリン自由大学、有機化学研究所)。
1997年早稲田大学理工学総合研究センター(現:早稲田大学理工学術院総合研究所・理工学研究所)講師、准教授。
2006年科学技術振興機構さきがけ研究員(兼任)を経て、2010年より現職。
記念すべき1回目は、「人工血液」研究の第一人者である中央大学理工学部 小松晃之 教授です。学生時代に熱中したことや、宇宙への思い、そして現在の研究活動について語って頂きました。
また、インタビュー記事をより楽しく読んでいただくために、「人工血液」に関する予備知識を載せたコラムを用意しています。
学生時代
今日は、どうぞ宜しくお願い致します。
現在、人工血液の研究をされている小松先生ですが、そもそも理系に進もうと思ったきっかけがあったのですか?
特に何かのきっかけがあったわけではありませんが、小学生の頃から漠然と科学には興味がありましたね。「何で眠くなるんだろう」、「生きてるってどういうことなんだろう」とか、「地図を最初に作った人はどうやって作ったんだろう」とか、いろいろと疑問に思っていました。あとは、小さい頃、ぶどうが好きだったんですが、「こんなに美味しいんだから、メロンくらいの大きさのものを作ったら絶対売れるはずだ!」と考えたこともありました。今でもたまに話題にすることがありますが、誰も相手にしてくれません(笑)そんな子供だったので、高校で文系か理系か選択するときも特に悩むこともなく、自然な流れで理系に進みました。
中学生の頃に天文学者に憧れていたことがあります。それで天文学者になるためには、まず星の観察だと思い、父親にお願いして望遠鏡を買ってもらいました。その望遠鏡を持ちだして、月のクレータを見たり、星座を観察したりしていました。ですから、もともと宇宙には興味があったのですが、星や宇宙に関わる職業にはどのようなものがあるのかよくわからなかったので、調べてみたことがあるんです。当時はインターネットなどない時代でしたから、調べるのにも一苦労です。結局どんな仕事があるのかわからず、宇宙の分野で生きていくのは難しいなぁと思って断念しました(笑)。
宇宙にも興味を持ってもらえていたんですね。
社会よりも理科のほうが好きでしたか?
そうですね。でも歴史も好きでした。大学の授業で化学史を教えていたこともあります。歴史といえば、博士の学位を取った後に、2年間ドイツに留学していたんですが、その時わかったのは、外国人は国の歴史をよく知っているということです。当然こちらのことも聞かれるわけで、日本の歴史を知らないと会話にならないんですね。だから、わざわざ日本から日本史の本を取り寄せて復習しました。
なるほど。科学を志すものでも、歴史について知っておくことは大事なんですね。
その他に、学生生活で覚えていることはありますか?
中学・高校と軟式テニス部に所属していたので、部活動をやっていたことしか覚えていません(笑)。毎日毎日、部活三昧の日々でした。
そうですか。部活少年だったんですね。
そうです。ただ、今思えば何かに夢中になると止まらなくなる性格でした。ちょっと自慢話をさせて頂くと、テニスでは東京都ベスト8まで行きましたし、全国大会にも出場することができました。
東京のようにテニス人口が多いところで、それはすごいですね!
まさに文武両道ですね。
夢中になるというのもそうですが、わりと凝り性で、続けることが得意な子供だったのかもしれません。小さい頃、プラモデルの作成に夢中になっているところに、母親から「早くご飯を食べなさい」と言われても、夢中で作業しているので聞いていないんですね。いつまでたっても終わらず、よく怒られていました(笑)
研究生活
早稲田大学に在学中、(故)土田英俊先生(早稲田大学名誉教授。日本の人工血液研究のパイオニアで、世界的な権威。日本血液代替物学会の設立者)という高分子研究の分野で著名な先生がおられました。土田先生は1970年代から人工血液の研究を始めておられたのですが、4年生のときに卒研生として土田先生の研究室に配属されたのが、人工血液との出会いでした。
その後、大学院に進学されるわけですが、なぜ就職ではなく大学院に行こうと思われたんですか?
当時は、将来研究者の道に進もうとは考えていましたが、大学に残ろうと決めていたわけではなく、研究自体が面白かったので大学院に進みました。大学院(修士)2年のときに初めて自分の名前が入った論文が出たことはとても感動的な出来事でした。例えば、100年後にどこかの国の研究者が論文を検索し、100年前にこんな研究をしていたんだと知ることもあるでしょう。大げさですが、歴史に名が残った瞬間でした。研究にはこんなに面白いことや嬉しいことがあるんだと思ったのを今でもよく覚えています。
大学で教授になりたいという夢がまずあったのではなく、研究に熱中した結果、自然になっていたんですね。
そうですね。子供の頃、科学者に対する憧れはありましたが、実際には自然の成り行きということでしょうか。
博士を取得してからはどうされたのですか?
博士の学位を取得するまで土田研究室に在籍して、その後2年間はドイツに留学しました。ドイツでは人工血液とは別の研究をしていましたが、日本に帰ってきてからはまた早稲田大学で人工血液の研究を再開しました。
2010年に中央大学に移った時、正直に言って人工血液の研究を継続しようか悩みました。というのも20年近くこの分野に携わってきて、実用化の壁が高いことをいやというほど思い知らされていたからです。良い物が出来たと思っても、実際に動物実験をしてみると、副作用が出たり、思ったような効果がでなかったり…。世界中で研究が行われてきましたが、やはり同じような課題があり、実用化されたものはありません。でも、長年続けてきた研究領域なので、身体に染み付いてるんですね。中央大学に移って自分の研究室を主宰することになり、改めて何の研究を始めようか具体的に考えた時に浮かんでくるのは、人工血液のアイデアでした。そこで基本に立ち返って自分の好きなようにもう一度始めてみようと思ったわけです。
学生の頃から、ほとんどずっと人工血液の研究をされてきたんですね。それが、(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターの開発に繋がると。
そうです。早稲田大学では、完全合成系と言って、一から分子を合成したものだけを利用して人工血液を作ろうとしていました。様々な試みを行っていましたが、分子の安定性などの問題があって結局うまく行きませんでした。人類の長い歴史の中で、生物の体に合わせて進化してきたヘモグロビンの代わりになるものを作ろうというのですから、簡単なことではありません。
そこで注目したのが血液中に最も多く存在するタンパク質であるアルブミンです。アルブミンは血液の中に流れているタンパク質なので、安全な物質です。中央大学に移ったのを機に完全合成系は中断し、私たちの体の中に存在する酸素運搬体であるヘモグロビンとアルブミンを使おうと考えたわけです。これなら上手くいくだろうという確信はありました。実際にそれが確かめられたのは、着想から2年ほど後のことです。
血液の2大成分であるヘモグロビンとアルブミンを使用するというのは、非常に合理的だと思います。
でもなぜ、20年間、誰も思いつかなかったと思われますか?
私にもわかりません。非常にシンプルだし、出来てしまえば、なぜこれまで誰もやらなかったのかと不思議ですが、研究にはそういうことがよくあります。もちろん、これまでも似たようなアイデアがなかったわけではありません。例えば、ヘモグロビンを水に溶けやすい高分子であるポリエチレングリコール(PEG)でくるんで使うという仕事は30年ほど前から存在します。しかし、これも一般に使用されるところまではいっていません。いずれにせよ、幸運にも我々が最初にヘモグロビンとアルブミンを結合させて人工血液とすることを発表出来ましたし、結果として、独創的かつ合理的なものに仕上がったと思います。現在では、医学部や薬学部との共同研究を開始しており、これまでの人工血液とは違い、動物実験において副作用が起こらないことも確認できています。
人工血液の
利用法について
将来的に人に対して使用する場合、どんな場面での利用が想定されますか?
例えば、大震災が起きると、大量に血液が必要になるのですが、普段からそんなに備蓄できるものではありませんし、輸血を必要とする人が同時に発生するわけですから、血液型を調べるのも一苦労です(血液型の異なる血液を輸血するとショック症状を起こしてしまうため)。そういう時に我々の開発した人工血液が必要になると思います。(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターは血液型に関係なく使用できますし、保存期間も輸血液と比べてかなり長いのです。日本国内における輸血液の保存期間は3週間と決められていて、期限が過ぎたものは焼却処分しています。ですから、常に献血が必要なんです。一方、クラスターは1年以上は保存可能です。
あとは少子高齢化の問題があります。日本赤十字社の発表(2014年12月)では、このまま少子高齢化が進むと、12年後には年間89万人分の輸血液が足りなくなるそうです。その意味でも、長期備蓄可能な人工血液の実現はきわめて重要な課題です。
人工血液が必要なのは我々人間だけではありません。実は、あまり知られていませんが、ペット動物の輸血というのは結構大きな問題なんです。人に対しては献血・輸血システムが充実しているので、皆さんは安心して手術を受けることができます。しかし、イヌやネコのようなペットに対してはそのシステムがないんです。例えばイヌが交通事故に遭って病院に運ばれても輸血液がないため、生理食塩水(体液と同じ塩濃度にした食塩水のこと)で急場をしのぐしかありません。一部の大きな動物病院では輸血採取用のイヌを飼っていることもありますが、どこの病院にもあるわけではないので、安心して使用できるシステムとは言い難いのが現状です。
現在、日本国内では、イヌが1035万頭、ネコが996万頭います。ちなみにこの数を合わせると、15才以下の人口である1627万人を大きく上回ります。日本は子供よりもイヌ・ネコのほうが多いペット超大国なのです。飼い主にとってペットは家族も同然ですから、人工血液の具体化は本当に待ち遠しい、夢の医療技術と言えるでしょう。
近い将来、献血液が足りなくなるという話も知りませんでしたが、ペットの世界では既に危機的状況にあるということですね。
研究の進展を期待しています。
宇宙実験について
子供の頃は宇宙がお好きだったとのことですが、2013年から、「きぼう」を利用した宇宙実験に参加頂いています。
最初にJAXAから声を掛けられた時はいかがしたか?(小松教授の研究成果を見て、JAXAからお声掛けした)
もちろん嬉しかったですね。宇宙という特殊な環境で、まさか自分のつくったタンパク質を用いた実験ができるとは思っていなかったので。初めてJAXAの方からご連絡頂いた時は信じられなくて、「何を言ってんだろう?」という感じでした。
そうでしたか。それは失礼しました(笑)
でも、まずは研究について話を聞かせほしいということだったので、大学にお越し頂き詳しく説明しました。そして今度はJAXAの研究者の方から「きぼう」を利用した宇宙実験が私の研究にどのように貢献できるのかを丁寧にお話し頂きました。いうまでもなくその場で意気投合して、それでは一緒に頑張りましょう、ということになったのです。
宇宙実験は実験機会も少ないですし、できることも限られていたりと、地上と比べていろいろと制約が多いと思うのですが、実験に参加されていて不便に思うことはありませんか?
タンパク質の構造解析の専門家の方はどうなのかわかりませんが、私自身は専門家ではないので、特にストレスを感じたことはありません。むしろ、専門家以外でも宇宙実験に参加でき、しかも結晶化から構造解析までサポート頂けるということを伺った時は、夢の様な話だなと思いました。同じような立場の方なら、使いたいと思う人は多いのではないでしょうか。
研究者について
ここまで小松先生自身の研究活動についてお伺いしてきたわけですが、そもそも研究者として一番大事にされてきたことは何ですか?
一度決めたら諦めないことです。もちろん諦めかけたこともありますが、どうも私はそのタイミングが人よりも遅いみたいですね(笑)。そのおかげで今があるわけですから、諦めず継続することが大事だったんでしょう。
なるほど。あとは今回お話を聞いて思ったんですが、すごく楽しそうにお話されるのが印象的でした。
研究をしている時間は本当に楽しいですね。それに私が楽しそうでないと学生も楽しくないですから。学生にも将来の職業として大学教授を進めています(笑)。こんなに楽しいことを仕事にできるのは幸せだと話しています。
本当に理想的な研究者ですね(笑)。一方で、やりたいことが見つからないという若者が増えているという話も聞きます。
確かに最近の学生に将来は何になりたいか聞いても、「わかりません」「就職活動をしながら考えます」といった意見が多いです。私は今、1年生の化学の授業を担当しているんですが、4月の初めの講義で「なるべく早く将来何になりたいか、目標を決めなさい」と言っています。4年生になる3年後には、嫌でも決める時がやってくるわけですから。もちろん就職するにしろ、大学院に進学するにしろ、希望がかなわなければどうにもならないわけですが、ちょっと難しく考えすぎているのかもしれませんね。そんなことを言っていたら何も始まりません。目標は変わってもいいんです。小学生の頃には、野球選手になりたいとか、宇宙飛行士になりたいとか簡単に言えたはずです。でも次の日には別の仕事に変わっているかもしれない。それでいいんじゃないでしょうか。目標がないと、どう頑張っていいかわからないし、モチベーションもあがりません。逆に目標があれば、そのためには何を勉強したらいいか考えることが出来ます。確かに、今の時代は職業の種類がたくさんありますし、その情報に簡単に触れることが出来るようになっているので、選ぶのも大変でしょうが。
本当にその通りですね。難しい問題ですが、せめてこの記事で研究者に憧れる人が増えてくれるといいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
インタビューを終えて
前向きでキラキラした先生の様子がとても印象的なインタビューでした。「好きなことを続けていたら最先端の研究者になっていた!」という小松先生の生き方に、これから進路を決めていく学生さんや、もちろん大人の皆さんも何か感じることがあるかもしれません。
研究室に所属する学生さんにもお話を伺いましたが、皆さん口をそろえて、「小松先生は研究に対して非常に熱い」「何でも相談に乗ってくださるし、すごく面倒見の良い先生」と仰っていました。こんなに素敵な先生のもとで研究が出来るなんて、とても幸せなことですね。
今後も小松教授のご活躍に期待しましょう!
輸血液の代替物となる人工酸素運搬体の開発は、次世代医療の最重要課題です。日本は世界最高レベルの献血・輸血システムを備えていますが、今後、少子高齢化により献血者層人口が減少すると、2027年には年間89万人分の血液が不足すると予測されています。また、輸血液の保存期間は3週間と短いため、大震災などの大規模災害時に十分量の血液が確保できない可能性もあり、輸血液を補完し得る人工酸素運搬体の実現が強く望まれています。このような社会的背景のもと、中央大学・小松教授の研究グループは2013年に新しい人工酸素運搬体(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターを開発しました。(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターは、血液の二大成分であるヘモグロビンとアルブミンというタンパク質を化学的に結合したものです。動物実験から、副作用のない安全な物質であること、生体内で赤血球と同じように酸素を輸送できることが証明されています。また小松教授は2013年から宇宙実験に参画しており、製剤化に向けた安全性・有効性に関する知見獲得を目指しています。
生体内で酸素輸送のできる新しい人工酸素運搬体として、
ヘモグロビンの分子表面に複数個のアルブミンを結合した(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターを開発した