Project

プロジェクト紹介

01

プロジェクト紹介 TOP

微小重力がタンパク質結晶の品質に及ぼす効果

宇宙ではなぜ高品質な結晶ができるのでしょうか。
「宇宙では対流がないため、高品質な結晶ができます」という説明を聞いて、なんとなく分かったような、分からないようなモヤモヤした気持ちになると思います。ここでは、これまでの研究結果を踏まえつつ、もう少し詳しく解説してみようと思います。

タンパク質結晶の品質とは?

実際に結晶を使って構造解析を行う研究者にとって、高品質な結晶とは「広角側まで回折データが得られ(分解能が高く)、回折データの質がいい」ということに他なりません。これを結晶学の視点で見ますと、「単結晶であること」そして「格子欠陥(結晶欠陥)が少ないこと」と言い換えられます。単結晶についての解説は不要だと思いますが、見た目はきれいな単結晶のように見えても、実際にはツイン(双晶)であったり、内部に微結晶を内包していたりします。

格子欠陥にはいろいろな種類がありますが、中でも品質への影響が大きいのは、ある範囲にわたってわずかな単位格子のシフトが起き、分子の積み重なり方の周期性が乱れるような欠陥です。こうした欠陥は長期にわたって結晶内で広がるため、結晶品質への影響が大きいのです。タンパク質結晶の分野で一般にモザイシティと呼ばれているものの実態は、このような欠陥が多くを占めているのではないかと考えられています。

なぜ微小重力環境で高品質な結晶が生成するのか

微小重力下では、高品質結晶の条件である「単結晶であること」と「格子欠陥の少ない高品質な結晶が成長すること」というこの2点を実現しやすいのです。では、なぜ微小重力環境で高品質な結晶が生成するのでしょうか。順を追って説明してみようと思います。

まず、結晶生成の概要を押さえましょう。
タンパク質を結晶化する際、実際にはそのタンパク質試料に最適な結晶化剤・添加剤・バッファー等の組み合わせについて検討することになるのですが、ここでは話を簡単にするために、溶液中のタンパク質分子にだけ注目します。結晶化の最初期段階は図1(a)のような状態にあります。その後、タンパク質分子同士が会合し、核形成します(図1(b))。核は、その周辺のタンパク質分子を取り込みながら成長していきます。この時の結晶周辺は、結晶から遠く離れた地点よりもタンパク質濃度が薄くなっています(図1(c))。この、結晶近傍のタンパク質濃度の薄い部分を「Depletion Zone」と呼びます。

溶液中のタンパク質が核形成し成長していく

図1. 溶液中のタンパク質が核形成し成長していく

Depletion Zoneは結晶から遠い地点よりもタンパク質濃度が薄く、密度が小さい(軽い)ため、やがて上方に移動します。この現象は実験的に証明されています(Puseyら、J. Cryst. Growth 90, p105 (1988))。これが結晶成長時に発生する密度差対流の正体です。
結晶成長時には、時間とともにタンパク質濃度の薄い部分が上方に移動し、代わりに濃い溶液が流れ込むなどするため、結晶表面に接するタンパク質濃度が急に高くなったり、結晶の面によって濃度が異なったりといったことが発生しています。つまり、結晶の周りのタンパク質濃度は(時間的にも空間的にも)一定ではないのです。

では、微小重力環境ではどうでしょうか。密度差対流は重力の影響で発生する対流です。そのため、微小重力環境にあるISS内で結晶化をする場合は、溶液内に密度差対流はほとんど発生していないと考えられます。対流が発生しなければタンパク質分子は拡散によってのみ移動しますので、Depletion Zoneは維持され、結晶はゆっくりと安定に成長すると考えられます。

次は、結晶の成長過程について考えてみましょう。
タンパク質結晶の表面をレーザー共焦点顕微鏡で観察すると、表面が段々畑のようになっていることがわかります(図2)。この段々は「ステップ」と呼ばれており、多くの場合、その高さは1分子に相当します。結晶に到達した溶液中のタンパク質は結晶表面を拡散し、ステップのところで結晶層に取り込まれます。このようにしてステップの位置が移動し、徐々に結晶が厚みを増していきます。

レーザー共焦点顕微鏡で観察したリゾチーム結晶表面

図2. レーザー共焦点顕微鏡で観察したリゾチーム結晶表面

図3は、原子間力顕微鏡を用いて結晶表面を観察したものです。溶液中のタンパク質の濃度が高くなると、結晶表面が荒れてくる様子を示しています。溶液中のタンパク質濃度が低いときは、図2と似たようなステップが観察されています(図3(a)(b))。
図3(b)は、(a)と比較すると、少し濃度が濃くなった時の様子です。濃度が濃くなると、タンパク質分子同士が結晶表面で出会い、二次元核を形成するようになります。できた二次元核の端面のステップにまたタンパク質分子が取り込まれることで大きくなっていき、他の位置で形成された二次元核と合体します。

さらに濃度が高くなると、二次元核の上にさらに二次元核がいくつも形成されて小さな山のような形になる場合もあります(図3(c))。こうした山同士が合体するときに、わずかに単位格子のずれが生じることは十分に考えられますし、合体したところに空隙が生じたり、不純物が取り残されたりすることも考えられます。

原子間力顕微鏡で観察したリゾチーム結晶表面

図3. 原子間力顕微鏡で観察したリゾチーム結晶表面

さらに濃度が高くなると、結晶表面は図3(d)のようになります。タンパク質分子が次々に表面に到達するため、ステップが至る所に形成されているのです。タンパク質分子は等方的な形状ではないので、品質の高い結晶になるためには正しい向きで結晶に取り込まれる必要があります。しかし、タンパク質濃度が高い場合には結晶表面に次々とタンパク質分子が供給されるため、取り込み口での分子同士の相互作用頻度が増加することで、配向がずれた状態でも(エネルギー的には最安定ではないにも関わらず)結晶層に取り込まれてしまうことがあります。逆に言うと、タンパク質濃度が薄い場合には、配向がずれた状態の分子は離脱して溶液層に戻ると考えられます。

核形成も結晶成長も、分子が過飽和の状態で起こります。結晶成長と比べて核形成の方がより高い過飽和度が必要ですが、タンパク質の場合はそれがとりわけ顕著です。
そのため、タンパク質の結晶成長環境というのは、高品質な結晶を作るのには向いていない状況であることが多いのです。

ただし宇宙では、上述のとおりいったん結晶成長が始まると、結晶近傍はタンパク質濃度の低い状態が維持されるため、すぐ近くに別の結晶ができてクラスターや多結晶になってしまうことも少ないですし、ゆっくり安定的に成長できるので、欠陥の少ない高品質な結晶が得られやすいと考えられます。
また、密度差対流が発生しないことで、不純物や凝集体が表面に運ばれる頻度も地上と比べて低いと考えられることから、こうしたものの結晶への取り込み(および、それによる欠陥形成)が抑えられることも、結晶の高品質化に影響しているはずです。

さらに、宇宙では沈降現象がないという点も挙げられます。
結晶の比重は溶液より大きいため、地上では、生成した微結晶が容器の底方向に沈降します。実際、容器の底で成長していた結晶の上に微結晶が落ちることが観察されています。図4は、溶液中でできた微結晶が結晶表面に落下してきた様子を示しています。図に示されているように、このような微結晶は徐々に結晶内に埋まってしまいます。こうしたことは宇宙では起こりません。

結晶表面に微結晶が落下し、徐々に結晶中に取り込まれていく様子

図4. 結晶表面に微結晶が落下し、徐々に結晶中に取り込まれていく様子

ここまで、微小重力下でタンパク質結晶品質が向上するメカニズムについて、現在までにわかっていることを中心に解説してきました。まだ完全には検証しきれていないこともあるのですが、これまでの宇宙実験によって、地上よりも高品質な結晶が多く得られているという事実があります。今後も、結晶高品質化のメカニズムの検証を進めつつ、宇宙実験による高品質結晶の生成によって、地上のタンパク質研究に貢献していきたいと考えています。

研究者向け