開催結果報告
第3部 知られざる日本の宇宙船技術の総括と展望
第3部では、宇宙政策の専門家である政策研究大学院大学の角南篤氏の特別講演を通じて、こうのとりの技術がもたらす意味、日本の宇宙開発基盤強化及び国際競争力強化(宇宙外交)の重要性と意義について講演を行いました。
講演後は、長谷川義幸本部長をモデレータとしたパネルディスカッションを実施。民間、海外(NASA)、メディア(NHK記者)、角南氏に参加いただき、国際的な日本の存在感、ソフトパワーとしての価値、HTVの技術の発展性など多くの議論がされました。
国際競争力から外交まで、多様なミッション(政策目的)を抱える我が国の宇宙開発利用
角南 篤 様(政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策プログラム 准教授)
最初に個人的な立場から2点、話しをさせて下さい。私自身はHTVの開発に技術者として携わった訳ではなく、政策の立場から研究してきた訳なのですが、全て私が行くと、打ち上げが延期になるという、重いジンクスがあります。
たまたま去年の夏にHTV3の打ち上げに呼ばれまして、直前に大雨が降ってやばいと思ったのですが、無事打ち上げが成功し、私のジンクスも晴れてなくなったということです。
もう一つは、その後参加した国際協議の場で、日本とアメリカで話し合う場があったのですが、丁度その直前にスペースXが成功したということで、日本側から「おめでとうございます」と言ったのですが、あるアメリカの政府高官が、「いやいやHTVのおかげです。」と、すぐに答えてくれました。我々の世界ではアメリカから感謝をされるという機会は非常に少ないので、とても貴重な体験をさせてもらった訳です。
私は政策研究という立場から、日本の、特にフロンティアに関わる研究開発をどういった風に支えて行くのか、普段そういったことを考えている訳ですが、その中で一番大きなものが「宇宙開発」です。
先ず、日進月歩で進化する宇宙開発利用の分野で、日本がどういった宇宙開発をして行くのか。また、先ほどの宇宙ステーションでの日米の国際協力の話でもあったように、日本は尊敬を得ています。そしてそれが、どのように発展して行くかは、世界情勢を考えて行く必要があるだろうと思います。
それから、我が国の宇宙開発に関する考え方というのは、宇宙開発基本計画というのが出されていて、その中に基本的な方針が盛り込まれています。
3つ目に、有人宇宙活動プログラムについて、2016年、2020年までは宇宙ステーションを皆で利用して行こうということになっていますが、じゃあ日本はどうして行くか、という点を、意味付けを含めて説明して行きたいと思います。
最初に我が国を取り巻く世界の宇宙開発利用の動向ということで、米国、ロシア、欧州といった、いわゆるいつもメンバーに加えて、最近では中国やインドといった新興国が、宇宙開発に非常に大きなプレゼンスを持ち始めています。特に中国は、独自の宇宙システムを目指して、色々な計画を着実に実行してきています。インドに関しても、火星探査、有人計画、それから打ち上げビジネスへの参入といったこともやっています。
そういった新興国だけでなく、最近打ち上げに成功した韓国、イラン・インドネシアといった国も、国を挙げてコミットしてきています。それからアジアで考えると、ASEAN諸国なども、防災や安全保障の理由から自前の人工衛星の保有を目指す動きが出てきています。日本に限って言えば、これらの地域との関係強化は、将来的な関係性を考えて行く上では、非常に重要なことになってくると言われています。
中国の現状に関してお話をさせて頂きます。中国は着実に宇宙開発利用を進めていて、宇宙科学に対するいくつかの目的があります。一つは宇宙科学の地位を向上させたい、それから独自の宇宙ステーションの設置、また月への有人宇宙計画や月面基地の設置など、まさに長期の宇宙開発計画を全面的に打ち出して、タイムスケジュールをつくってそれに向けて着実に実行しているわけです。
細かい技術的な獲得に関することも、しっかりロードマップがあって、それに沿って着実に進めているという状況です。
とりわけ今回は「こうのとり」ということで、宇宙ステーションと有人宇宙飛行に関して中国を例に考えてみたいと思います。先ず中国は、2003年に神州5号の打ち上げに成功しています。中国が本格的な有人宇宙飛行プロジェクトを立ち上げたのは1992年、そのわずか11年後ということになります。
その8年後には宇宙ステーションの実験機『天宮1号』を打ち上げ、翌年には、宇宙ステーションの実験機と有人宇宙飛行船のドッキングという、アメリカやロシアと肩を並べる技術開発に成功しています。2020年には長期滞在が可能な独自の宇宙ステーションを建設する目的をもっています。
これを中国では921計画と呼んでいて、有人宇宙飛行を3段階の発展戦略に分けて、細かな技術面まで決めています。第一段階として有人飛行船を打ち上げ、第二段階では長期あるいは短期の有人滞在、そして最終的に宇宙ステーションの建設を目指しています。中国の宇宙ステーションと、国際宇宙ステーションがともに上に存在するという可能性がある訳です。
その他中国は、月探査、火星探査、人工衛星、ロケット、色々とプロジェクトをやっていまして、まさに大国として宇宙開発の計画を立て、実行をしていると言えます。
それから中国程ではないですが、同じアジアということで、インドの宇宙開発も少し取り上げてみたいと思います。1960年代にISROというインドの宇宙機関がバンガロールにできて、あまり目立ったものではないですが、それから着実に、彼らなりに宇宙開発を進めてきていて、2016年の有人宇宙飛行を目指している。さらに月探査、火星探査、人工衛星といったミッションを、必要に応じて進めている訳です。これらが、我が国の宇宙開発を取り巻く環境だということを頭に入れておいて欲しいと思います。
そしてもう1つのメインテーマ、「じゃあ我が国としてどうして行くのか」という点について考えてみたいと思いますが、これは国が考えるのではなくて、皆さんと一緒に、特に日本が何をすべきなのかということを含め議論して行くことが重要だと考えております。現在、我が国の宇宙開発事業の基本的方針として、宇宙基本計画に書かれていることを簡単に説明しますと、大きく分けて2つのことが書かれています。1つ目は、宇宙利用の拡大ということで、宇宙利用によって、産業、生活、行政の高度化及び効率化、安全保障の確保、そして経済の発展を実現する。ということで先ず宇宙利用の拡大を一種懸命やりましょうということだと思います。
そのプロセスにおいて、自律性の確保をして行く。民間需要獲得により産業基盤の維持、強化を図る。つまり、今日メーカーさんのご苦労なさったという話を聞きましたが、その折角獲得した技術を、もっと大きな産業として、維持発展できないだろうか、ということを謳っているのだと思います。そして、我が国が自律的に宇宙活動を行う能力を保持する、ということですね。
単純に私なりに解釈をして、今の流れを一言で表現するならば、「需要を拡大すること」です。需要を拡大することで宇宙開発を維持する。つまりお客さんがいれば、そのお客さんを中心に宇宙開発を進めて行くということで、需要を拡大するということが一番ポイントになってくるのだと思います。「拡大する」ということは、国がそのミッションを買い取るだけということではなくて、皆さんの生活、一般的なところで、宇宙開発で得た技術が普及することを明確に指針する、という意味があると思います。
それを具体的に、3つの重点課題と6つの基本理念というかたちで打ち出していまして、1つ目が安全保障・防災、2つ目が産業復興、そして3つ目が宇宙科学などのフロンティアの部分。これは、はやぶさのように皆さんの温かい目、人気によって支えられながら、やって行くと。
そういった基本理念に基づいて、政府が総合的かつ計画的に実施すべき政策ということで、たぶん宇宙に関心を持つ人達にとっては、これから日本は何をするのだというところだと思います。今の基本計画の中では、この大きな2つ施策が挙げられています。
1つは宇宙開発利用拡大と自律性確保を実現する4つの社会インフラということで、測位衛星、リモートセンシング衛星、通信・放送衛星、宇宙輸送システム。2つ目が、将来の宇宙開発利用の可能性を追求する3つのプログラムということで、宇宙科学・宇宙探査プログラム、そしてこれが、有人宇宙活動プログラム、それから宇宙太陽光発電研究開発プログラム。という内容が掲げられています。
そうした中で、特に産業振興という面から考えて行くと、よく一般的に言われているのは、宇宙産業の規模が大体我が国において7兆円程度です。その中で宇宙機器産業は2600億円ぐらいを占めていて、その94%が内需で、さらに9割が官需、つまり国がお客さんだということになります。そして宇宙利用産業は6.9兆円、特に打ち上げサービスというのは、この宇宙利用サービス産業7500億円の中の2%程度ではないかということで、中々宇宙ビジネスというものをこうやって数値だけ見て行くと、現状は厳しいということになるのかも知れませんが、将来性はあるのではないかと思います。
まだまだ拡大して行くであろう宇宙産業を、我が国でどう位置づけて行くかということが、今一番重要な政策課題だと言えるでしょう。
そうした中で、これまで9割が国のお客さんだったということで、これをもっと色んな人に需要を拡大して行くことが必要だと思います。1つは例えば冒頭に話したように、ASEANなどアジアの国々の中に、宇宙に関心を持っている国が増えてきたので、これから市場開拓して行く必要があるんじゃないかということで、「宇宙外交」と言われているように、国と国との関係を通じて日本の宇宙産業を定着させて行くことも大切なのではないかと言われている訳です。
最後に、有人宇宙活動プログラムと、ポスト2016について話したいと思います。今日のシンポジウムで一番の話題だと思うのですが、考えてみたいと思います。先ほどの宇宙基本計画には、このように書かれています。「国際宇宙ステーションは、不断の経費削減に努めるとともに、2016年以降、プロジェクト全体の経費の削減や運用の効率化等により経費の圧縮を図る。」このまま読み進めると、先ほど三菱重工の阿部さんの話にあったように、蜃気楼が見えてくるような感じがするのですけども、本当にこの後どうなるのだろうという感じです。
とは言っても、「きぼう」の利用促進に関しては現在も持続している訳ですから、国民の理解を得ながら、「きぼう」をもっと活用して行く為に、国際宇宙ステーションの意義というものを広めて行きたいと思っています。
日本は、アジアで唯一の国際宇宙ステーション計画参加国ということで、アジア協力の推進にもっと利用できるのではないか、と考えています。ですので、韓国、シンガポール、マレーシア、インドネシア等といった、宇宙ステーションの利用に関心のある国々をもっと掘り起こしていって、そういった国との協力をしながら「きぼう」の利用を広げて行く、ということを考えています。
「きぼう」というのは研究施設ですから、研究施設としての活用を色々な面でサポートする必要があると思います。ものすごく(費用が)高い実験室になる訳ですが、高いなりに貴重な実験室だと考えて、それを色々なかたちで、官民挙げてサポートする必要があると思います。
宇宙外交ということで、日本だけで考えずに、アジア、また他の地域にも目を広げて行くことで宇宙外交の役割が期待されます。宇宙外交には大きく2つのタイプがあって、1つは「外交のための宇宙」。これは、宇宙と言うものをうまく活用しながら、外交目的で色々なことを考えて行く。例えば日本にとって大切な、日米関係の構築、対アジアの外交といったものに利用して行くことです。日本が何十年もかけて蓄積してきた宇宙開発という技術は、どの国も当たり前のように持っているわけではないので、非常に恵まれていると考えることができます。それを、もう少し別のかたちで外交に利用して行こうという考え方です。
2つ目は、「宇宙のための外交」です。地球観測やデブリの問題等、宇宙開発利用を促進する為に決めなければならない国際ルールは沢山あります。これらに外交を使って、積極的に参加して行こうというのがもう1つの考え方です。今後我が国は、こういった2つの宇宙外交を駆使しながら、研究開発だけでなく、利用の側面も開発して行く必要があるといえます。
HTVを巡る産業の復興ということで、産業の話に戻りますが、ポスト国際宇宙ステーションの問題も考える必要があるのですが、それとは別にHTVやHTV−Rの持っている技術の高さや中身に着目して、別の観点から考えるべきじゃないかと思っています。
それから人材、特に若手技術者の確保というのは非常に重要で、30年かかって確立される技術ということで、会場にも小学生の皆さん何人かいますが、彼らが私たちの年代になったときに、「私はこういうミッションに携わったんだ」というまでに30年かかるわけです。なので、我が国が政策として今後進めて行くときに、ここら辺の考え方が、もしかしたら一番重要なのかも知れません。
最後に、もう一度今の点を強調したいと思います。今まで、我が国の宇宙開発の政策ということで、産業を拡大して行く、利用を拡大して行く、ということを説明してきましたが、勿論それらも重要ではありますが、その中で兎角忘れてはならないのは、「国家の勢い」です。
国家の勢いというのは、今、世界から日本を見たとき、日本が注目される国であるために日本は何をもっているのか、それはやはり技術力であったり、それを支える次世代の人材であったりするわけです。つまり今の若い世代の人達が、この国からHTVのような高い技術を生み出し続けるということが、世界から見て「この国は勢いがある」ということになる訳です。よって、国家の勢いと次世代を担う人材の育成ということが、日本の宇宙開発利用を考える上でとても大切になるのではないかと思います。
より多くの国民に宇宙開発の意義を理解してもらうためには、宇宙産業の発展だけでは駄目で、Curiosity-Driven、つまり好奇心によって人間というのは色々なチャレンジをします。リスクの高い研究を若い人がどんどんやって行きたい、そうなる為には面白いプロジェクトを次々やって行くことが必要です。
そういったおもしろいプロジェクトがどんどん出てくるということが、ここにいる小学生の皆さんが30年後に、皆さんがここに立って自分の新しい技術なりを、引き継いで話してもらう、それが、我が国が目指すべき本当の宇宙開発利用の目的ではないか、またそれを実現する為に、産業をしっかりやって行く、あるいは予算を効率よく使って行き、宇宙開発をする国であり続けるということが、一番重要だと思います。
パネルディスカッション
・モデレーター:
長谷川 義幸(JAXA 有人宇宙開発利用ミッション本部長・理事)
・パネラー:
佐々木 宏(JAXA HTVプロジェクトチーム サブマネージャ)
阿部 直彦 様(三菱重工 宇宙事業部営業部長)
角南 篤 様(政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策プログラム 准教授)
小原 健佑 様(NHK アメリカ総局記者)
Dana Weigel 様(NASA ISS Flight director)
星出 彰彦(JAXA 宇宙飛行士)
長谷川 先ほど角南先生からソフトパワーや政策的な話が出たので、それをトリガーにしながら、技術的な裏付けの元に、工業技術立国である日本のHTVが、世界でどのように利用されて行くのか、発展して行くのかという観点に絞らせて頂きたいと思います。60分ちょっとしかないので、最初に私の方で課題だと考えていることをお話しますので、それに対して、一人2、3分程度で回答して頂こうと思います。
長谷川 先ずHTVのプロジェクトを進めてこられた三菱重工の阿部さん、企業としてHTVを見たときに、HTVの価値というのは、産業競争力強化や技術的発展性などの寄与を含めてどういったものだと考えますか?
阿部 三点ほどあります。先ず一点目は「人」、つまり技術の継承というところです。「人」という意味では、私自身も平成9年から打ち上げの平成21年までの十数年間、開発に携わってきた訳です。平成9年の時点では皆若かったわけですが、打ち上げの時には皆相当な技術者に育っている、というのは大きいと思います。それと、私どもの中でJEMやHOPEといったHTVが始まる前のプロジェクトの技術がHTVに継承されてきたということも、非常に価値を見いだしています。
二点目は、ソフトパワーの話がありましたが、企業の製品としてのブランド力、そういったものにも寄与していると感じています。我々、海外に製品を売りに行く時に、色々な製品を紹介して行きますが、その中で有人の宇宙開発に携わっている、またHTVを作っている、ということが我々へのリスペクトになっていると感じます。
三点目は、HTVはリピートする、繰り返しずっとつくって行くということで、我々は産業のベースロードを押さえている、と非常に感じています。それはどういうことかと言いますと、宇宙はロケットもあり、衛星もあり、HTVもあるわけですが、それらには共通点があります。サプライチェーンも類似しています。そういった意味で、ロケットだけでなく、衛星やHTVといったコンポーネントをつくるメーカーというのは、非常に共通したところが多いと。そういったところでは、ベースロードとして大変大きな機能を持っていると思います。その三点です。
長谷川 ありがとうございました。ではNHKとして米国にいらっしゃって、スペースX、オービタル、ロッキード・マーティンなど沢山取材をされている中で、アメリカの宇宙開発事情を良くご存知の小原さんから見て、HTVがどのような国際的評価を受けているかということと、もう一つは、米国民間会社が結構沢山ビジネスを始めている中で、「こうのとり」含む日本の有人宇宙開発技術が、ソフトパワーとして、日本の将来で世界の中でどういう位置づけになるのか。という二点についてお願いします。
小原 最初の質問ですが、端的に言えば「高く評価されている」と私自身は感じています。その例として、私はNASAを随分取材しまして、今回スペースXが成功した背景を調べて行くと、元々NASAがスペースXという民間企業にこのような事業をやらせるということを決定・促進していった背景には、HTVの成功があると、これははっきり言われます。何故かということを聞いてみると、NASAからしてみれば、自分たちにしかできないと思っていたことを他人に他国にやらせたわけです。日本という一国に任せて、そして日本のやり方で進めて行く。最初は「出来ないだろう」と思いながらも色々やった。HTVは初便から成功していますので、彼らとしては「NASAと違うアプローチで進めて行くことも出来る」ということに気付いたのだと思います。それで彼らは、指導の仕方やマネージメントのやり方によっては、色々なことが実現できるということを理解し、スペースXにその方法を採用している訳です。ですので、評価が高い理由は、NASA自身の政策と宇宙開発に対するアプローチに、かなり影響を与えているという点にあると思います。
二点目のご質問ですが、民間会社に関しては、「日本よりも低い技術でやっている」と認識してもらっていいと思います。HTVの技術、これはH−ⅡB や、地上の運用管制含め総合力でみたときに、このレベルの力は民間会社にはありません。無いままに「やります」と言っているわけで、そこはNASAの支援を受けながら進めています。そういう意味では、ソフトパワーとして日本が持っている潜在能力は大きいです。1兆円かけていますから、かなりパワーを持っていると考えられるのではないでしょうか。
長谷川 話のとっかかりが出てしまったので、角南先生にご説明お願いしたいと思います。アメリカでベンチャービジネスが始まっているが、技術自体はNASAの既存のもの、もしくはサポートを受けている、また日本流のプロジェクトを組み立て実現させる技術が評価されている、という小原さんのお話だったと思いますが、そのあたり外国の事情をよくご存知の角南先生の感想や意見をお聞きしたいです。
角南 我々イノベーションという観点から研究している人間は大体、20世紀の技術の世界をリードしてきたのは間違いなくアメリカだろうと考えています。アメリカには研究開発する土台がとてもしっかりしていて、主に大学が担ってきました。その大学から、産学連携のシステムをつくることによって、産業界に技術やサイエンスがどんどん入ってきました。一方産業界はというと、20世紀の自動車産業のように、プロジェクトをマネージして実際に世の中に投入して行くという、大量生産の仕組みを作り上げました。
それが21世紀になって危うくなってきた、リードが少なくなってきた。
今は、いくつかの国が横並びになっていて、その中の一つが日本であるということです。そうなるとそれぞれ独自のやり方というものが存在してきます。圧倒的にどこかの国がリードしていて、そのやり方だけが全ての面に関してdominateして行くということでは無くて、いくつかのやり方があって、お互いが横目で見ながら、どこかの国が一歩、二歩リードする、そんな状況だと思います。
アメリカの学習能力というのは、日本が違うやり方をして成功しているとわかったときに、これは何か学ぶことがあるぞという姿勢、これは日本から見たときには、ベンチャー企業がアメリカを押し上げて行くのであれば、ベンチャーはなぜ生まれるのかということを学んで行かなければならない。そういった多様な中で受け入れて行く姿勢があるのだと思います。
長谷川 「多様なカタチがあって、アメリカがリードするだけではない」という角南先生のお話でした。日本流の独自のマネージメントの成功、そして確立された既存の技術を使ったビジネス、この二点から、ビジネス、産業連携等をコラボレーションして将来に繋げて行くという事をアメリカがこれからやってくる、もしくは既にやっているのではないかと私は思います。多くの宇宙ベンチャーを取材している小原さんが、実際に見た例というのはありますか。
小原 先ほど角南先生がおっしゃっていたように、アメリカは非常に学習能力が高いです。パッと成功したものを次に当てはめる。つまりHTVの成功を、スペースXに当てはめたという理屈です。しかし元々この政策はマスコミの批判の対象でした。しかしアメリカは賭けに出た、この枠組みは全部に繋がっています。
例えばヴァージンギャラクティックが宇宙船を作って、サブオービタル飛行をやろうとしています。それにNASAが絡んでいます。どういった絡みかというと、資金を提供しますと、そして将来あなた方が飛ぶようになったら宇宙実験させて下さい、というところで交流がある訳です。技術移転、ノウハウ移転があります。つまりNASA自身が研究開発を進めて行くというよりは、今ある資産・ノウハウをうまく振り分けていって、それぞれの企業がそれぞれのお金でやる訳です。そこはベンチャーが多いというアメリカの特性をうまく使っています。だから答えとしては、そういう例はアメリカにはゴロゴロ存在します。その中でいくつ生き残るかはまた別の話だと思います。非常にambitiousな、野心的なアプローチがあることは確かだと思います。そこには、HTVという国際宇宙ステーションのプログラムの中での成功が適応されているわけです。
長谷川 Danaさんに、運用管制をまとめている技術者及びオペレーションのプロの観点から、NASA・スペースX・オービタル等をコーディネーションしている立場として、HTVの価値をどのように捉えているか、また、HTVのアップグレードや次の世代への期待はありますか。
Dana 繰り返しになってしまいますが、HTVという完全に自動な宇宙船がアメリカ側の区画に来たということで、多くのことを学びました。プロジェクトマネージメントのスタイルが違うし、アプローチが違いました。色々な人が「NASAの要求が高い」という話をしていましたが、例えば安全要求を満たす為に二重のシステムを構築しなければならないだとか、しかしNASAは、それを超える為にどうしたらいいかという話をJAXAに言った訳ではなく、JAXAが自分自身で考えたのです。宇宙船をどう作るのか、また運用して行くのかということを独自の方法でやり遂げましたし、我々はそこから学びました。
HTVから多くを学んだのは、スペースXやオービタル(オービタル・サイエンシズ社)も同じです。例えばビークルのデザイン、アプローチ、ランデブの技術というのは他のISSに来るビークルにとっても応用可能なものです。ですので、単に荷物の運搬という役割だけでなく、民間企業のビークルを使おうという我々にとって、HTVはその基礎となるものだと捉えています。それはとても重要な事だと思います。
長谷川 質問変えます。オービタルやスペースXを実際にコーディネーションしているDanaさんの感想として、HTVでJAXAと付き合って行くときのプロジェクトマネージメントの仕方と、スペースXやオービタルのマネージメントの仕方と、かなり違うものだと思いますが、日本の良い点悪い点、「改善したら良いこと」を教えて下さい。それが日本の改善点になって行くと思うので。
Dana プロジェクトマネージメントのスタイルは皆違うと思います。スペースXとオービタルも違います。オービタルのアプローチはかなりNASAに近いと思います。ですので、良くわかり合えますが、一方スペースXはとても違います。具体的にどんな方法が正しい方法かはわかりませんが、私のHTVの個人的な見方から申し上げると、HTVおよび次世代のものに関して言えば、能力を育てるということが勿論大切です。この中で、持続可能なマルチプルビークルを持っているということは非常に重要です。色々な技術を学んで行くことができますから、再突入や有人飛行といった様々なシステムについて学び続けることができます。進化が可能という意味で、HTVはとてもユニークな宇宙船だと言えます。ですから、プロジェクトマネージメントの戦略がそれを維持できるようなものであるべきだと思います。
長谷川 オービタルサイエンス(オービタル・サイエンシズ社)はNASAに近くて、スペースXは全然違うという話でしたが、両社を取材した小原さんはどんな印象を持たれましたか。
小原 正直言ってオービタルはあまり取材できていません。スペースXに関してはDanaさんの話はとてもわかりやすかったです。スペースXのイーロン・マスクさんにインタビューして、工場に行くと、まるっきり発想が違います。若者の離職率が高くて、3年ぐらいしかいない。ただ、それに対してあらゆるところから若者が入ってきて、その中で一番上にはNASAで経験を積んできた人達がいて、非常に循環が早いのですが、日本が30年かけてやってきたことを10年で実現してしまった訳です。
一方オービタルは、一歩一歩確実に進んでいるという印象です。そういう意味でDanaさんの話とはすごく符合します。それで、スペースXを見ていると、「結局ゴールに行く方法は一つじゃない」ということがはっきり見えてきます。つまり、新しいアプローチを自ら体現してしまっている訳です。
そこで実はアメリカ全体が利益をもらっていて、どういうことかと言うと、ボーイングやロッキードも名乗りを挙げて、それによって産業全体が広がって行く訳です。スペースXとオービタルという二社は非常に好対称で、それが逆に相乗効果になっています。
長谷川 それに関連して、オービタルサイエンス(オービタル・サイエンシズ社)に行ったことのある阿部さん、今の感じで合っていますか。
阿部 オービタルサイエンスっていうのは、昔からNASAと付き合いがある会社なので、やり方を含めて、NASAや我々と近いものを感じます。一方スペースXというのは、我々が理解できない部分が沢山あります。
長谷川 その見方を、日本の産業界またはご自身の会社に、どのように応用して行くか、そのヒントやトリガー等はありましたか。
阿部 我々ベンチマーキングを色々やろうとしていて、シグナスだけでなくて、オービタルは安くロケットもつくっているので、なぜ彼らがあれだけ安く作れるのかっていうのを、一生懸命ベンチマーキングしているところです。次のロケットのときには積極的に取り込んで行きたいし、戦えるようになって行きたいと考えています。
長谷川 少し流れを戻して、星出さんが来てくれているので、話を聞きたいと思います。星出さんは数ヶ月に渡る滞在等を経て、各国の宇宙飛行士やNASAの職員との交流があったと思うので、彼らのHTVに対する意見も踏まえて、HTVの開発・運用を宇宙飛行士がどのように考えているのかということをお話頂きたいと思います。
星出 最初に言っておかなければならないのは、「HTV3号機でおいしい食事を届けてくれてありがとう」ということです。これは実は大きくて、かなりのロジスティック、サプライによって宇宙ステーションは有人を保っています。ですので、宇宙ステーションには色んな有人機が来ます。私の滞在中に「こうのとり」の他にも、「ドラゴン」、ロシアの「プログレス」、「ATV」も離脱だけでしたがいました。その中で多様性があります。色々なアプローチがある中で、どっちが良い悪いではなくて、多様性があり色んなアプローチが見られる、そこからプログラム全体が学んでいると思います。
その中で「こうのとり」は、アメリカ側にドッキングするという新しいコンセプトのもと、先陣を切ってやってきた訳です。その安全性・確実性というのは、非常に高くて、私の滞在中、8月末までの最初の1ヶ月半は、行く前からかなり忙しいと言われていました。私たちが到着して10日後に、「こうのとり」が来る。それは確実にこなさないと、その後が詰まってしまう訳です。全てのプログラムが狂ってくるので、その中で確実にこなせたという技術力は、非常に大きいと思います。
裏話になりますが、「こうのとり」と私は関係が深くて、初代フライトディレクタが20年来の同期だということもありますが、初号機のNASAの飛行士室の技術的な調整を担当していましたし、初号機のキャプチャの時には、同じフライトコントロールルームにDanaはフライトディレクタ、私はCAPCOM(キャプコム)としてその場にいました。山中が抱き合っていた写真ありましたけども、実はDanaも涙ぐんでいました。それくらい、日本だけではなくてNASA側にも産みの苦しみというものがありました。それだけ凄いことをやり遂げたと言えます。その技術力というのは、宇宙飛行士だけでなくこのプロジェクトに関わった人みんなが感じているものだと思います。
長谷川 キャプコムがわからない人がいると思いますが、星出さんは、NASAのヒューストンの管制室の中で、宇宙ステーションと地上を交信する担当だったということですね。
星出 はい。交信担当でもありましたし、実はロボットアームで「こうのとり」を掴むときの宇宙飛行士側から見た手順の確認等もやっていました。ですので、私もHTVチームとして、産みの苦しみを味わった一人でもあります。
長谷川 さっきの山中さんの写真は日本側でしたが、ヒューストンはどうだったのでしょうか?私の経験からいうと、ゲスティンマイヤー局長が種子島まで来られて、心配していない顔をしながら心配していたみたいです。H−ⅡBもHTVも初号機で、大事な荷物を載せて定時に発射するということで、言葉には出さなかったけれどもかなり心配だったと後で聞きました。それが実際に定時に発射して定時に到着したということで、ゲスティンマイヤーさんはかなり驚いた上に、そこで信頼度が上がったと言っていました。その時のヒューストン側はどんな様子だったか、星出さんからお願いします。
星出 NASAのミッションコントロールセンターの後ろに、窓を隔てて観覧席みたいな部屋があって、いつもは一人二人、見学の人がいるのですが、その時は今まで見たことも無いような人数の、プロジェクトの関係者が見守っていて、非常に注目度が高かったですね。ですので、非常に多くの人がいましたし、キャプチャに成功したときは、ミッションコントロールセンターの中は勿論のこと、観覧席ももの凄かったです。
途中トラブルがあったわけですが、それを乗り越えてキャプチャまで辿り着いたというのは、NASAもJAXAもトラブルに対応する能力を準備段階から培ってきた、だからこそあの瞬間に立ち会えたのかなと思っています。
長谷川 Danaさん、HTV1のフライトディレクタをした時には、何が一番不安でしたか。
Dana 何も言えませんよ。(笑)私の一番の懸念は、HTVが宇宙ステーションに接近するとき、ステーションのスラスタを止めなければならないことでした。そのとき作動するコントロールモーメントジャイロは、8〜10分間しか姿勢を保持できません。その間にスラスタを再起動させないと、宇宙ステーションは動き始めてしまう。山中さんと色々なトラブルを想定しましたが、HTVを素早くキャプチャできなければ、宇宙ステーションが動いてしまう。それは防がなくてはいけないということで、非常に大きな心配事ではありました。スラスタについては、その日まで全く心配してなかったですけどね。
それからアキさんの言葉に加えると、キャプチャまでの管制室というのは本当に静かでしたが、静止したHTVが本当に美しくて、完璧に静止していて、キャプチャした瞬間一瞬止まって、そのあと歓声が上がりました。色んな方々に祝福してもらって、素晴らしい瞬間だったと思います。
長谷川 設計主任をしてきた佐々木さん、その辺の話を思い出しながらしてもらおうと思います。HTV1のときNASA側が一番心配していたという話、つまりHTV側とステーション側が引っぱり合わないように、スラスタを切らなくてはいけないというのは、設計者の立場からどんなことを考えながら行ったのかお話をお願いします。
佐々木 今、話にあがっていました「最終的にキャプチャされる」ところ、ここでの一番の懸念というのは、接近する時にHTVはどうしても宇宙ステーションをみて止まろうとしますが、宇宙ステーションの方も動いているわけです。宇宙ステーションが止まっていれば、HTVは単に下から上昇しながら近づいていけば良い訳ですが、宇宙ステーションは動いているのでHTVはそれを見ながら近づいて行きます。HTVの精度以上に宇宙ステーションが動いてしまうので、中々大変でした。
しかし実際運用してみると、宇宙ステーションは思った以上に止まっていて、HTVも精度よくできていたので、実際は止まっているようにしか見えない状態でした。「本当なのかな」と運用者全員が感じていたと思います。というのも、この位動くだろうと思っていたものに対して何十分の一のズレしか無かったので、心配でしたが、杞憂でした。
長谷川 その辺詳しく話しましょう。私の記憶では、秒速2センチで動いて…。
佐々木 そうです。秒速2センチぐらい動く可能性があったのに対して、1ミリもないような誤差でピタッと止まっていました。画像で見ていても離れているとは思えない、止まっているとしか思えないような状態でした。
長谷川 HTV3のときは星出さん、間近で見ていてどうでしたか?
星出 我々は訓練で最悪のケースを何度も何度も何度も何度もやります。そのうちにそれに慣れてきて、止まっているとまるでシミュレータが壊れているのかなと思うぐらい、(会場笑)そんな状態でした。「微動だにしない」という状態でキャプチャに行くので、訓練をいっぱいしましたけれどもそれを使わずに済んだな、という感じです。
佐々木 はい、それが一つ目です。それから設計で一番心配だったのは、HTVには大きな開口部があって、これは大きな宇宙機の設計としては異常、まぁイレギュラーな形で、普通は均等に円筒形をしているというのが基本です。しかしながら大きな船外物資を運ばなくてはいけない、かといってフタをすると開かなくなった時に困る、ということで、大きな開口部を持たせて打ち上げる、ことになります。
そして上には、HTVの半分以上の与圧の物資が、構造を入れると6、7トンあって、普通の人工衛星より重い機体です。それを全体の三分の一ぐらいが開いている構造で打ち上げるというのは、かなり心配でした。設計の担当者等と相当な議論を重ねた上で、この形に決まりました。打ち上げの時にかなり加重がかかるので、とても心配しながら見ていた記憶があります。
結果的にはこの大きな開口部というのがHTVの大きな「売り」になりまして、それは大きな船外物資を運べることが宇宙ステーションにとって大切だからです。
長谷川 構造的に熱のバランスがどうか、というのは我々も気にしていましたが、その辺はどうだったのですか?
佐々木 HTVが軌道上を飛ぶ時は、必ず開口部を下に向けて飛びます。つまり地球側に開口部が向いている状態。ですので、太陽等の影響で急に温度が上がったり下がったりというのは無くて、それはHTVが精度よく飛行している為に、余計な熱の出入りが無い訳です。
もう一つですか。こういった飛行するものというのは、エンジンだとか、燃料に関係するトラブルが多いです。先ほど出てきましたが「ETS-7」、これが基本的なランデブの技術を確立しましたが、運用のときスラスタでトラブルがありました。当然HTVがステーションに接近する時に、そういったトラブルがあったらNASA側としては接近させたりしない訳で、それは非常に心配でした。
結局ETS-7のときのトラブルを、プロジェクトの皆で評価をし直して、こういったことが起こったらどう対応しようという議論や色々な対策をしてきました。その一つとしてスラスタをフルで燃焼試験して、スラスタの特性を見て、実際には1号機でも温度上昇がありましたが、ある程度その特性を抑えることができました。結果的には温度上昇を抑えきれませんでしたが、試験でのデータがあったので、担当者も良くわかっていて、「これくらいの上がり方であれば宇宙ステーションに接近するまでにはなんとかなる」という技術判断ができました。その技術判断には、事前の試験・検討が生かされていたと思います。
長谷川 ありがとうございました。そういった技術的な成功を基に、3機成功して今回4機目ということで、角南先生、このスラスタやランデブの技術というのは、国際的な市場動向や外交面で、日本がこの技術を発展させたり応用させたりという可能性はこの先あるのでしょうか。私見で結構なのでお願いします。
角南 技術というのは進化します。またその技術がどういう風に使われるかという考え方も進化して行くと思います。今この時点である状況を想定して、ある技術的なニーズに対して、やって行くと言うのはそれ自体にリスクが伴う。つまり技術を固定してしまうということに繋がる。ですので、HTVのランデブもそうですし、今回再突入に向けてということで、新たな進化を遂げようとしていることは確かだと思います。そのプロセスの中でまた新たな発見があって、技術的な課題が出てきて、それを克服する、そのプロジェクトマネージメント含めプロセスとして学んで行く、そのプロセス自体が進化して行くので、そういったことが本当は凄く重要です。これはやっている国にしかできない、眺めている国にはこの効果がまったくない訳です。
ですので、日本がこの技術を今後どう展開できるのかというのとは別に、技術を習得するプロセスというものが非常に重要で、それは「やる」ということです。三回成功させて世界から認められる技術、というのは確かにありますが、成果というものよりも、そのプロセスの中にはもっと色々なものがあったと思うので、これも見逃してはいけないと思います。つまり、思った以上に沢山のことが我が国に蓄積されたと思うので、そういった意味で可能性、期待するところは大きいと思います。
長谷川 先生はロシアやヨーロッパの事情にも詳しいと思います。ロシアの宇宙開発はプーチン政権時に資金が投下されて次に進もうとしていると思いますが、その動きを見た上で、「きぼう」「こうのとり」、及びH−ⅡBの発展をどう捉えてどう進めていったらいいのか。先ほどの話は、マネージメントやプロセスといった見えない成果の話だったと思いますが、そういった点を含めてどうしたら一級国であり続けることができるのか。
角南 私が必ず答えを持っている訳ではありませんが、今言えることとしては、こういった一つの目的に向かって、例えば有人のプロジェクトに対して、いくつかの国が協力しながら一つの目的に向かっていこうとしたときには、そこに生まれるものは凄く大きいと思います。
今回のHTVのプロジェクトは、国際宇宙ステーションのプロジェクトに参加しているが故に、日本独自の手法ではあったけれども、その中で重要な役割を担うことができた訳です。今後、有人宇宙計画というものがヨーロッパ・ロシアの動きによって決まって行く中で、それに対しての日本の役割というのもそれで決まってくるということもあると思います。その役割に対して、将来の日本の技術がどうあるべきか考えるというのはとても大切です。一国でどうあるべきかという話ではなくて、NASAの話にもありましたが、国際協力という中で生まれてくる技術の将来というのは非常に重要だと思います。
そういう意味では、日本の今後の再突入に関する技術や、運搬のシステムに関する技術など、そういった技術的課題を国際宇宙ステーションという一つのプロジェクトに対して、それぞれの国が競い合いながら解決するというプロセスで得るものがとても重要だと思います。
長谷川 ありがとうございました。同じ様な観点で小原さんに質問したいのですが、日本のHTVを発展させる為には、アドバイス及びサポートができるような内容があれば教えて頂きたいです。
小原 かなり荷が重い質問ですね。第一に、これからの宇宙開発は国民全体で考えて行かなければならないと思います。実際のところ、震災を経験してどうお金を配分するか、ということはあると思います。只、少なくともHTVに象徴される技術というのは、この場で話題に上がるぐらい、世界的に見てもレベルの高い技術だと思います。こうやってNASAから来て頂いているところを見ても、いかにレベルが高いか良くわかると思います。
この技術を今後どうやって発展させて行くかということに関しては、また別に色々とあると思いますが、実際に私自身が見て、HTVが持っているポテンシャルそのものがあれば、多面的な展開というのはできるはずだと思います。それが有人というカタチなのか、また別のカタチになるのかはわかりませんが、結構うかうかしていられません。こんなに凄い技術ですが、スペースXがあっさり実現させてしまった訳です。その上再突入も成功させ、しかも三回。つまりフォアランナーであるNASAに、日本の代わりとなる存在ができてしまったわけで、そうした中でじゃあ日本はどうするか、どうやって技術を引っ張って行くのか。イーロン・マスク自身も言っていますが、元々有人機になる土壌があるので、ポテンシャルは十分にある。じゃあその後どうするか、早めに決めなければ、技術の価値そのものが、国際社会の中から落ちて行く、今そういう状況にあるのではないかと思います。
長谷川 宇宙飛行士のメンバーの中では、宇宙開発がこう発展して欲しいとか、将来こういう風になれば良いのに、という様な話合いがあると思いますが、夢や希望というのもあると思いますが、現実となって欲しい技術、例えば「回収技術があったらもっと色々なものを降ろせるのに、中々」という話だとか、月に行ってサンプルリターンするだとか、有人宇宙開発がステップアップするヒントがあれば教えて下さい。
星出 日本人宇宙飛行士としてはやはり、種子島から上がりたいというのがあります。今日本が持っている有人の技術としては、「きぼう」の技術と「こうのとり」の技術。「きぼう」の技術で、ある程度の有人滞在技術は獲得していて、それから「こうのとり」で、無人ではありますが、有人施設にドッキングする設計・運用の技術を獲得しました。
それらを合わせれば人間が乗れるのか、というとそんなに単純な話ではありません。やはり人間を乗せる為には、1ランク2ランク上の技術を目指さなくてはなりません。特に日本ではよく言われていますが、その開発過程で人命が失われたらどうするのか、有人宇宙活動自体が頓挫してしまう危険性を持っています。じゃあ止めるのかというと、私はやはり日本の国力として、技術は進歩させて行かなければならないと思います。マネージメント含め、今まで学んできた様々なノウハウ、それらを統合して次のステップを考えて行かなければならないといけません。
国際的な場では、冗長系を持っているというのは良いことです。例えばスペースシャトルとソユーズのときは、片方の打ち上げが遅れても、もう一方でなんとか人間を送り込むことで、お互いにサポートし合える関係にありました。ところが今はソユーズしか無いので、アメリカも次の宇宙機を考えて開発しているところですが、そういったカタチで色々な有人の宇宙機が出てくることが、次のプロジェクトに繋がってくると思います。
長谷川 そうですね。要するにこの種の大きなプロジェクトは、国際的に協力して進めて行くものに既になってしまっているということですね。人間が上がる便には、当然バックアップが必要になってきて、当初スペースシャトルが両方あったからバックアップがあったが、今はソユーズしかないと。それらにはバックアップが必要だ、という話でした。
「こうのとり」が30年かかったという話がありましたが、ほとんど佐々木さんの人生を捧げたような感じだったと思います。最初はNASAからも「勝手にやれば」なんて風に言われて、苦労してここまで来たという思いがあると思いますが、過去の経緯と今の状況を佐々木さんお願いします。
佐々木 私は18年HTVに関わってきましたが、最初は1994年、山中の話にもありましたが、当時日本がどうだったかと言うと、H2ロケットが初めて打ち上がった年でしたね。ようやく国産の大型ロケットが打ち上がった、そういう時代に、NASAにいきなり行って宇宙ステーションに物資を補給したいということで、まだETS-7も打ち上がっていませんから、こういうものが運べるかという提案をした際には、殆ど相手にされませんでした。「勝手にやるのはいいけど、宇宙ステーションに接近するのは簡単じゃないよ」とか。「自分のものは良いけど、NASAのものは運べないよ」とか。非常に冷たいというか、殆ど門前払いに近い状態でした。まぁ国際協力の社会なので、話だけは聞いてあげる、というような時代が数年続きました。
ただやっぱり、色んなエンジニアがアメリカに行って話をする中で、真面目に技術検討して持って行くと、NASAの方も、技術的な話を聞いてもらえるようなった訳です。だから、真面目に技術を考えてやっていけば、いつかは道がひらけるのかなと思っています。逆にNASAが聞くようになっていった、というのがこの数年ですね。
それから一番大きく変わったのは、コロンビアの事故ですね。そこでシャトルが退役するのが発表されました。おそらくシャトルが退役出来たのも、HTVの補給に大体の見込みがついたからだと思います。HTVは元々シャトルのバックアップの位置づけでしたから。
その当時、我々とNASAがコツコツと打ち合わせをやってきた中で一番大きいのは、無人の宇宙船が宇宙ステーションに接近するスペックですね。技術的な要求事項をどうすればいいかというところが、我々とNASAの間で確立したところ。そのスペックが、先ほどから話題に上がっている「ドラゴン」や「シグナス」に対する実際の要求になっています。そういったところにマネージメントだけでなく、技術的にも使われていると思います。
キャプチャという方法は非常にユニークで、だからこそ注目をされたのですが、元々ドッキングするという機構を持っていなかったが故に、日本としてできること を探していった末に辿り着いた方式です。当然HTVの技術は他にも沢山あって、ランデブだとか、定刻通りドッキングできるとか、それは日本の鉄道や飛行機の様に如何にも日本的な要素でHTVはできていますが、ユニークさで言えば、キャプチャというのはユニークで、ここがNASAを含めて世界に評価されているところだと思います。
長谷川 ありがとうございます。あと10分なのでまとめに入りたいと思います。クロージングとして、今回のディスカッションの感想及び今後への希望等、阿部さんから順にお願いします。
阿部 今日色々な話を聞かさせてもらって、企業からというよりも私が考えたことは、有人という話が色々と出てきましたが、我々がここに居るのは、過去にやってきた人達の遺産を受けてここに居るので、今度は我々が次の世代にどんな襷を渡せば良いのか、というところをもう少し考えた方がいいと思いました。経済合理性など色々とありますが、それだけでは無くて、NASAや星出宇宙飛行士の話にもあった様に、人と人の繋がりであるとか、そういったものを含めて考えて行きたいと思います。
角南 敢えて経済合理性の話をしたいと思いますが、実はコストを削減するというときに伴うノウハウというのは、相当に技術的なものがあります。今後HTVをどうして行くかというのは、私というよりメーカーさんの話になると思いますが、全体的にコストを削減して行くプロセスというのはこれから避けて通れないと思います。その時に21世紀というのは、環境負荷とか、エネルギーの消費を軽減して行くということで、グリーンでエコというのが技術の流れだと思います。その中で我が国の技術の本当の強みというのが、今後のHTVの進化に対して有効な部分もあると思います。日本というのは、コスト削減をする際に、技術を後退させずにもっとラディカルに新しい技術をアドオンさせて実現して行くことが、日本の産業界の強みでもあるので、これを是非期待したいと思います。
二点目ですが、村上さんの話で社費を投じたという苦労話がありましたが、やっぱりこれは少なくして行かないといけないと思います。これができる、恵まれた環境にいるエンジニアの人はいいと思いますが、多くの企業は中小企業でこういった問題を抱えていると思います。これは国がしっかりと、国の勢いとしてやって行くべきです。これができることによって、やっぱり次の若い人が目指す、大きなチャレンジに向けてこの世界に挑戦してくる。こういったシステムを定着させることが一番重要だと思います。
小原 記者としても、個人としてでもありますが、日本が持っている宇宙技術というのは本当にレベルが高くて、国際社会からも凄く認められています。アメリカで取材をする時に、日本は宇宙開発に関してはリスペクトされているので、申請も非常に通りやすいです。他の分野よりも通りやすい。只、民間が入ってくることによって急速に変わってきていて、我々の力が及ばず拒否されることも多々あります。つまり科学技術の世界で見ると、宇宙開発の強さと言うのはマスコミが科学を取材するときの強さに反映してきたりする訳です。
壇上にいらっしゃる方々というのは、20年30年かけてこういう技術を作って誇れると思いますが、さらに20年後30年後に若い人が同じ様に報告できれば良いと思います。取材をしていて感じるのは、「お金がないからできない」「リスクがあるからできない」という発想よりも、先ず目標を立てるべきです。立てた目標にどうアプローチするかは次の世代の人におまかせして、お金がないからこうして考えてとか、そういう中で前に進んでいけば、今日本が持っているポテンシャルというのは伸びて行くでしょうし、今後も続いて行くのではないかなと、半分希望みたいなものですが、そう見ています。
Dana 私の所感ですが、HTVは非常に多くのことを達成したと思っています。既に証明された、しっかりとした基礎のある技術です。様々な有人機の成功というのは、幾度ものテストを重ねて、非常に長い期間をかけた技術に基づいています。スペースXもロシアも、その他のカーゴも、民間の有人技術に関しても同じことが言えます。日本のHTVの技術はかなり進んでいます。既にシステムがあって、それを成功させているので、これから発展して行くことができる訳です。ですから、これからのHTVの進化を見守って行きたいと思います。スペースステーション、NASAからみても、このプログラムは、HTVは非常に重要であると考えています。
星出 HTVの技術力の高さというのは色々なところでお話されたと思いますが、「技術力ってなんだろう」と考えたときに、やっぱり私は人材だと思っています。これだけの技術・ノウハウを持った技術者を生み出したと言うのは、もの凄いことです。これは官民一体の国力です。それを持って初めて国際的に協力できる、お互いに頼り合えると言う面で、国際貢献ができると考えています。ある他国の宇宙飛行士が言ったのですが、「国際宇宙ステーション計画というのはいつか終わりが来る。けれども、このパートナーシップというのは、今後も続いて次のプロジェクトに繋がって行く」という言い方をしていました。やはりそれがお互いの技術力を高めるという意味で、非常に大事になってくると思います。
佐々木 私は立場としては阿部さんと同じで、正直な話開発の十数年間、楽しませて頂いたので、この経験を如何に後の人達に繋げるかというのが最大の関心事です。それが人材にもなるし技術にもなると信じているので、なんとか後輩がわくわく出来る様な開発をして行きたいと思っています。
長谷川 はい、時間になりましたので、これで終わりたいと思います。皆さんご清聴ありがとうございました。(会場拍手)
閉会の辞
長谷川 義幸(JAXA 有人宇宙開発利用ミッション本部長・理事)
随分と長い間、辛抱強く聞いて下さってありがとうございました。インターネット中継も1万だとか2万だとか、凄い視聴率があったそうで、うまくメッセージが伝わったらありがたいなと思います。
最後に二つだけお知らせをさせて下さい。宇宙ステーション、「こうのとり」、「きぼう」で培った安全の技術、二重三重安全の技術が、地上の産業界に応用された具体的な例を二つ挙げたいと思います。
一つはソフトウェアの安全技術です。自動車関係の業界4社から、宇宙で使っている安全技術を応用して、独立評価及びソフトウェアの技術評価の依頼がきていて、実際にそれを行っています。
二つ目は、宇宙ステーションでの三重安全、電源が入ってはいけない場合に三つの防護のスイッチにしますが、逆に入らなくてはならないものに関しては、パラレルに入れて行くという技術があります。これはソフトウェアでもやらなくてはならない。これらの技術を、自動車業界で応用しようという動きがありまして、ソフトウェアの安全要求を、自動車業界の機能安全規格ISO26262という規格の中に取り入れようとしています。
これは見えない技術なので、つくってこれをお見せするわけでなくプロセスや、やり方に関することです。こういった安全手法というものを宇宙以外にも適応して頂く様に努力していますので、引き続き産業界及び大学でお困りの方は、JAXAの方にご連絡頂いて、内容に応じて支援・サポートさせて頂きたいと考えていますので、これからも絶大なるご支援をお願いしたいと思います。長時間ご清聴ありがとうございました。(会場拍手)
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