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2026.03.31
  • スペシャリストの声

アルテミス計画の広範な月面探査を支える
有人与圧ローバーの開発最前線にせまる

有人宇宙技術部門有人与圧ローバーエンジニアリングセンター
土居 龍弥
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今、人類はより遠くの宇宙へと探査の範囲を広げようとしています。その第一歩として、アメリカを中心に進められているのが、有人月探査プログラム「アルテミス計画」です。アルテミス計画では、半世紀ぶりとなる有人月面着陸を含む複数の有人月面探査の実施が予定されています。人類の持続的な月面探査を進めるうえで、日本が大きく貢献すると期待されているのが、「有人与圧ローバー」です。この前例のない挑戦に取り組む土居龍弥さんに、開発への思いと現場のリアルを伺いました。

“動く居住空間” で月面を探査

Q: 有人与圧ローバーは、どういう乗り物ですか。

土居: わかりやすく言うと、「月面を走るキャンピングカー」です。有人与圧ローバーは、月面での移動機能と、宇宙服を脱いで居住する機能の両方を備える、世界初の乗り物です。現在、JAXAが自動車メーカーのトヨタと協力しながら開発を進めています。

私は、JAXA側の担当部署である有人与圧ローバーエンジニアリングセンターに所属しています。このセンターは2023年に発足した部署で、現在、40名ほどが所属しています。メンバーは、若手、中堅、ベテランがバランスよくいて、お互いに刺激を受け合いながら仕事をしています。

Q: 有人与圧ローバーエンジニアリングセンターの役割を教えてください。

土居: 有人与圧ローバーは、アルテミス計画の中で開発を進めています。ローバーの運用や仕様については、アルテミス計画を主導するアメリカ航空宇宙局(NASA)と協議しながら検討を進めています。この国際調整はJAXAの役割で、主に有人与圧ローバーエンジニアリングセンターが担当しています。NASAとの協議の結果を踏まえ、JAXAが詳しい要求や仕様に落とし込み、トヨタと共有します。トヨタと協力しながら設計を進め、最終的にトヨタが実際のものづくりをするという分担になっています。

有人与圧ローバーとJAXAの役割について語る土居氏

過酷な月面でも宇宙飛行士が快適に過ごせるように

Q: 土居さんが担当しているのは、どの部分ですか。

土居: 有人与圧ローバーは例えば「走行系」や「構造系」など、10個ほどのサブシステムで構成されています。私は、それらの中で、「熱制御系」と「生命維持・環境制御系」を主に担当しています。

アルテミス計画で探査することになる月の南極域は、太陽光が当たる昼間は最高で30℃ほど、夜は最低でマイナス200℃くらいになります。しかも、月面にはほぼ空気がありません。この過酷な環境から宇宙飛行士や機器を守る役割を担うのが、私が担当する2つのサブシステムです。

試作段階の熱制御系機器について、その仕組みをわかりやすく説明する場面

Q: それぞれのサブシステムは、どのように働くのでしょうか。

土居: ローバーを家に例えると、「熱制御系」は外壁とリビング間の断熱や廃熱のシステム、「生命維持・環境制御系」はエアコンや空気清浄機の役割を担っています。地球上でも、夏は室内が蒸し暑くなり、冬は冷えますよね。月面でも、もし何もしなければ、ローバー内部が昼間は暑く、夜は極寒の状態になってしまいます。

有人与圧ローバーには、宇宙飛行士が宇宙服を着ないで生活できる与圧キャビンが搭載されます。与圧キャビンの温度変化を抑えたり、ローバーに搭載される様々な機器から発生する熱を外に逃がしたりするのが、熱制御系の役割です。具体的には、外部からの熱や寒さが伝わらないようにする断熱材や、ポンプやラジエーターなどの機器を用いた排熱システムなどから構成されています。

生命維持・環境制御系は、与圧キャビン内部の圧力や温度・湿度を制御する装置や、二酸化炭素などの有害ガスを除去する装置などから構成されています。この2つのサブシステムが協調することで、極端な温度変化、真空に近い状況など、月面の過酷な環境からローバー内の宇宙飛行士や機器を守り、安全や快適性を保つことができます。

有人与圧ローバーの熱制御系サブシステムで使用される試作品

前例のない開発に挑む醍醐味

Q: 有人与圧ローバーの開発の進め方を教えてください。

土居: ローバーの開発は、概念検討、概念設計、基本設計、詳細設計と段階を経て、実際に月面に送る車両の製造へと進みます。現在は基本設計に入った段階です。

ローバーの運用や仕様は、NASAとの協議を踏まえてこれまで大枠を決めてきました。例えば、1日の走行時間や走行距離、各機器が作動できる環境条件などが、全体の要求として固まってきています。これらの要求や仕様を元に、サブシステムごとに、個別機器の具体的な仕様に落とし込んでいる所です。その後、各機器を試作して性能を確かめ、次の詳細設計へとつなげていきます。

Q: 開発は順調に進んでいますか。

土居: 今のところ、順調に進んでいます。ただ、重量をもう少し減らす必要があるなど、開発にあたっての課題もいろいろと出てきています。それらの課題をうまくクリアしながら、基本設計を進めていき、詳細設計に入る目処を立てていければと思います。

Q: 仕事を進めるうえで苦労していることは何ですか。

土居: 月面を走る与圧ローバーの開発は、これまで誰も取り組んだことがありません。新たに開発する機器の仕様を決めていく過程でも、「これでいいのだろうか」と手探りで進めている部分も多くあります。試作品を作って試験し、試行錯誤しながら仕様を固めていく、というサイクルをしっかりと回しながら、開発を進めています。

新しいものを作りだすのは大変ですが、同時にそれがエンジニアとしての醍醐味だと感じています。これまで誰も作ったことのない車を月に送るんだ、という部分が、一番のモチベーションになっています。

前例のない開発に挑む真摯な思いが語られた

“鉄道から宇宙へ” 異分野の経験を活かす

Q: 土居さんのキャリアは、JAXAからスタートしたのですか。

土居: 私は大学で航空宇宙工学を学んでいたのですが、修士課程修了後に鉄道会社へ就職しました。有人宇宙開発にも興味はあったのですが、当時はエンジニアとして自分の仕事が社会に実装されることに魅力を感じ、鉄道会社を選び、リニアモーターカーの設計開発に携わりました。

転機となったのは2022年に実施された宇宙飛行士候補者選抜試験です。私も応募して挑戦しましたが、第2次選抜で落選してしまいました。しかし、その過程で、宇宙を志す受験者の方たちと話をしているうちに、「有人宇宙開発の仕事に携わりたい」という気持ちを改めて強く感じました。そのような状況で、有人与圧ローバーエンジニアリングセンターの募集が目に留まり、応募しました。

Q: 鉄道会社での経験は、今の仕事に活きていますか。

土居: 宇宙と地上の違いはたくさんありますが、様々なサブシステムを組み合わせながら大規模なシステムを設計する必要がある点は、リニアモーターカーと共通しており、鉄道会社での経験が役立っています。また、重量の削減など、乗り越えないといけない課題も似ています。エンジニアとして苦労するポイントは同じだなと思いながら、日々、開発しています。

もちろん、違いもたくさんあります。リニアモーターカーの開発でも環境条件が厳しいと感じていましたが、宇宙の方がはるかに過酷です。熱制御系の観点で言うと、ローバーが動作する環境の温度差が激しいですし、月面では地上のように空気を使った冷却法が使えない、という難点もあります。ハードルはとても高いですが、ローバーの完成に向けて一歩一歩、開発を進めていきます。

NASAスタッフとの意見交換の様子

Q: 将来、宇宙開発に携わりたいと考えている人たちにメッセージをお願いします。

土居: 宇宙開発の現場では様々なバックグラウンドや専門知識を持った人が協力して、いくつものプロジェクトを進めています。私も長い間、鉄道会社にいましたが、宇宙と直接関係ないと思うような分野の経験も、宇宙開発に役立つことがあると日々実感しています。

まず、自分が現在取り組んでいる分野や研究を極めていくことが大切だと思います。そのうえで、宇宙が好きであれば、ぜひ、宇宙開発に挑戦してみて欲しいと思います。人類が当たり前に月面で生活する未来を、一緒に実現していきましょう。

土居 龍弥(どい たつや)

有人宇宙技術部門 有人与圧ローバーエンジニアリングセンター
主任研究開発員

工学系研究科航空宇宙工学専攻修了、鉄道会社を経て、2024年入社。有人与圧ローバーの熱制御系、生命維持・環境制御系のサブシステム開発、機器開発に従事。また、全体システムの観点から電力、排熱等のリソース管理を担当。目標は、有人与圧ローバーの運用に携わりつつ、持続的な月面社会の実現に貢献すること。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA