地上から高度約400kmの国際宇宙ステーション(ISS)で、日本初となる二酸化炭素(CO₂)除去技術の実証実験が進んでいます。その名も「DRCS(将来有人宇宙探査に向けた二酸化炭素除去の軌道上技術実証システム)」プロジェクト。宇宙飛行士が吐き出すCO₂を取り除き、船内の環境を保つこの装置は、将来の月周回有人拠点「Gateway(ゲートウェイ)」でも「環境制御・生命維持システム(Environmental Control and Life Support System: ECLSS)」の中心的な役割を担います。今回は、この「DRCS」プロジェクトを支える3人のメンバーに、開発の苦労や思いを語ってもらいました。
大学では、化学触媒を使った水処理システムの研究をしていました。途上国の水問題を解決するための技術だったのですが、その研究の中で「宇宙技術とも共通点があるな」と気づいたんです。それをきっかけに宇宙に興味を持つようになりました。2023年にJAXAに入社し、1年後から環境制御・生命維持システム(ECLSS)の実務に携わるようになりました。「DRCS」チームではNASAとの調整や軌道上実証を担当しています。
私は出向者で、出向前は工場から排出されるCO₂を分離・回収する装置の開発をしていました。2024年にJAXAへ出向し、地上での装置開発の経験を生かして「DRCS」プロジェクト、「Gateway」や月面探査用の有人与圧ローバーに搭載するCO₂除去装置の開発に取り組んでいます。チームではおもにデータ解析や軌道上実証を担当しています。
私は、「きぼう」日本実験棟の予備設計が始まったころ重工メーカーに入社し、JAXAと一緒に、管制システム、ソフトウェアを中心に、丸25年、「きぼう」の開発を行い、打上げ、初期運用迄携わりました。定年退職後、一旦宇宙開発から離れたのですが、2年前に開発経験者として参加してほしいということでご縁があり、招聘職員として入社しました。チームではおもにソフトウェアとプロジェクトマネジメントを担当しています。
自身の歩みを語り合う笹岡さん、伊妻さん、大塚さん
日本初、軌道上でのCO₂除去システムに挑戦
Q: 「DRCS」プロジェクトとは、どのようなものになりますか。
月周回有人拠点「Gateway」で、日本は主に国際居住棟の環境制御・生命維持システム(ECLSS)を担当します。その中でも日本は初めてCO₂除去システムを担うことになっています。そこで国際パートナーたちと協議した結果、「Gateway」プロジェクトの前に、ISSに装置を打上げて実証実験を行うことになり、立ち上がったのが今回の「DRCS」プロジェクトです。
ゲートウェイとゲートウェイ補給機
Gatewayモジュール(CG)
Q: CO₂除去システムを担うということですが、実際、地上とISS内では、どのくらいCO₂濃度の差があるのでしょうか
地上のCO₂が多めに見積もって約500ppmだとすると、ISSは約3000ppm。およそ6倍になります。ISSでは外気を取り込んで換気することができないので、CO₂を除去しないとCO₂中毒の危険性が増してしまいます。ISSでは米国やロシアがCO₂除去装置を担っていましたが、「Gateway」では、日本がその役割を担うことになります。
※ppm(Parts Per Million):「100万分の1」を表す濃度の単位
今回のプロジェクトで確認したいことは2つあります。1つは微小重力下でも、地上とCO₂除去性能は変わらないことを確認したいです。もし変わらなければ地上試験の結果をそのまま宇宙に反映することができます。またもう1つは、人間の体や他の装置から出る有害ガスによって、除去装置の吸収材が汚染されるとしたら、どれくらいの期間で、どれほどの度合いで劣化するのか。この2つを主に確認していきます。
プロジェクトについて語る伊妻さん
データをとるための実証機器はすでに打上げられて軌道上で実験中ですが、今回送ったモデルとほぼ同じものが地上にもあるのでお見せしますね。
この装置が、DRCSの地上モデルです! 宇宙飛行士一人が1日ではき出すCO₂を、毎日除去できる装置になります。現在は、軌道上にある実験モデルと環境を同じにするために、ISS船内と同じ濃度のCO₂をボンベから引いて、温度や湿度も同じように合わせた空気をこの装置に取り込んでいます。そして装置の中でCO₂を吸収させ、きれいになった空気を部屋に戻しています。
DRCSの実証実験(地上モデル)
アミン化合物を使って、CO₂を除去
Q: CO₂は、どのような仕組みで除去するのでしょうか。
CO₂除去の仕組みのポイントは「アミン化合物」と呼ばれる特殊な吸収材です。このアミン化合物はCO₂を化学的につかまえる性質を持っています。まず船内の空気を吸着筒と呼ばれる装置に取り込み、アミン化合物にCO₂をつかまえさせます。次に熱をかけながら減圧すると、つかまえたCO₂を離します。離れたCO₂は宇宙の真空に排出されるか、再利用するために船内に貯蔵されます。このCO₂をつかんで・離すを繰り返すことで、CO₂を除去し続けられる仕組みになっています。
いま軌道上で実験を行っている実証装置は1人分のCO₂を1日で処理するサイズですが、将来的に「Gateway」では4人分のCO₂を処理する装置が必要になってきます。基本的な仕組みは同じなので、地上と軌道上のモデルのデータを毎日取りながら、微小重力やISSの閉鎖空間での影響を比較・検証し、「Gateway」プロジェクトに活かすためのデータを取得しています。
DRCSの実証実験(地上モデル)について説明する伊妻さん
日本の宇宙開発においても、大きなステップ
Q: これまでの二酸化炭素除去システムと比べて、日本の技術にはどのような特徴や、優位性がありますか?
JAXAが地球環境産業技術研究機構(RITE)と共同で開発したCO₂吸収材は、これまでのものと比べて低電力で除去できるのが強みです。 現在のISSで使われるNASAの装置は「ゼオライト」と呼ばれる吸着剤を使いますが、空気をゼロレベルまで乾燥させないとCO₂を吸着しません。そのため水を吸ってしまった材を再生させるには、250℃以上にして水を完全に除去する必要があります。しかし今回開発した吸収材は、ある程度水分がある状態でもCO₂を吸着でき、再生に必要な温度も約50℃程度と低く、必要なエネルギーが少ないのが特徴なのです。
システムの特徴について語る笹岡さん
「DRCS」プロジェクトに使われている吸収材は、10年以上試行錯誤を重ね、改良を続けてきたものになります!
このプロジェクトは日本の宇宙開発においても、大きなステップアップになると思っています。「きぼう」プロジェクトでも非常に大きなことを成し遂げたわけですが、電力や排熱はNASAが開発したISS本体からの供給に依存し、機能的には受動的でした。今回のDRCSプロジェクトの技術は「Gateway」で、CO₂除去という生命維持の根幹にかかわる、より能動的な機能を果たしていくことになります。日本の技術で人間が宇宙に住み、生活を維持するうえでの大きな一歩になると思っています。
プロジェクトについて語る大塚さん
輸送機変更トラブルも乗り越えて
Q: DRCSの実験装置は、人の身体くらいの大きさがありますね。現在軌道上で動いている実験装置は、2025年10月に新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」で打上げられましたが、輸送するにあたって大変だったことは?
実は当初は装置を3つに分割した状態で打上げる予定でした。軌道上で組み立てる計画でしたが、設計が終わり一度組み立ててみようとやり始めたら、「軌道上で組み立てたら、2週間くらいかかってしまいそうだ……」ということが分かってきまして。大掛かりな設計変更が必要になってしまったのです。
微小重力下では、すべての物がふわっと浮いて動いてしまうので、物と物をくっつけることすら大変です。部品をくっつけて、もう一つ部品を取ろうとしたら、「あれ?なくなってる」みたいになります。宇宙飛行士からも、「この組み立ては宇宙では厳しいのではないか」とフィードバックをもらいました。それを踏まえて設計変更したのが、最初の大きな山場でした。最終的には一体型で打上げて、真空ポンプだけ別に搭載する形で、取り付け作業を最小限にしました。
そうです。当初DRCSの実験機器は、米国の補給船「Cygnus(シグナス)」で打上げる予定でした。ところが、実験機器の輸送に使われるはずだった与圧貨物モジュールが地上輸送中に破損してしまい、輸送機の打ち上げ自体が中止になってしまったのです。その後、紆余曲折を経て、日本のHTV-Xでの輸送に変更になりました。決定後は急いでHTV-X仕様での振動条件の解析をやり直し、問題ないことが分かり、なんとか無事打上げることができたんです。
DRCSは、これまでの宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)で輸送したものを含めても、最大級の大きさの実験機器です。大塚さんと私は、HTV-XにDRCSを積む時に種子島へ行き、事前に搬入のリハーサルもしてもらいました。
あのときはHTV-Xチームの皆さんに、積載後は天地逆にならない様にして頂きたいなどの要望も叶えて頂き、手厚くサポートしていただいて安心感がありました。HTV-Xのおかげで問題なく打ち上がったと思っています。HTV-Xの皆さんに感謝です!
輸送と打上げ時の思い出を語る笹岡さんと伊妻さん
油井宇宙飛行士と大西宇宙飛行士の連携も!
輸送機が変更になり、「きぼう」での取り付け作業担当が、大西宇宙飛行士から、油井宇宙飛行士に変更になったのですね。
米国の輸送機で打上げられる予定だったので、大西さんがISS滞在中に設置する予定で説明もすませていました。輸送機トラブルで予定が遅れたことで、一度もDRCSについて打ち合わせをしていない油井さんが担当することになりました。決まったのも急だったので、油井さんがISSに行くまでに数日しかないタイミングで、米国にいる油井さんにテレビ会議でご説明しました。
「自分がやると、やばいかもしれない!」と冗談で軽口をたたいていらっしゃいました。実験機器がISSに無事運ばれて、取り付けは数日間かけて行われました。一番苦労しそうな日には、大西飛行士がフライトディレクターとして、我々装置原局と一緒に地上の管制室から油井さんの取り付け作業を一緒にサポートしました。本来、DRCSを担当するはずだった大西飛行士と油井飛行士の共演は感慨深いものでした。
DRCS設置にてFDとして指揮をとる大西宇宙飛行士
地上のチームと連携し、DRCS設置作業を進める様子
日本初、CO₂除去の成功。くす玉でお祝い!
ISSからのデータが送られてくる管制室で、データを見たときでしょうか。もともと想定されていたことでしたが、装置を立ち上げてすぐにはCO₂濃度は減らなくて、「大丈夫か……!?」と焦る気持ちもありました。それが、しばらくして、がくんと減ってきているのを見て、「あぁ、CO₂濃度がしっかりと減っている!」と確認できたときですよね。それまでは、とにかく無事に打上げて設置するという目標に向けて必死でしたが、日本初のCO₂除去ができたんだと、実感がこみ上げてきた瞬間でした。
その後、油井さんとテレビ会議をつないだときに、「日本初、除去おめでとう!」と、くす玉を用意してくれたメンバーがいました。くす玉を割ったときに、実感がこみ上げてきましたね。くす玉を割るぐらいすごいことを、成し遂げたのだなと。
NASAのチームも「本当におめでとう!」と喜んでくれて、安心もしてくれました。「Gateway」プロジェクトに向けて士気も高まり、本当によかったなと感じています。
ロケットは振動や加速度も大きいので、「実験機器が壊れていないか」、「電源スイッチを入れて、ちゃんと立ち上がるかな?」というところから心配でしたが、無事データが届いて感動しました。私はソフトウェア担当として運用のためのマニュアル作りで、メーカーさんにヒアリングも多くさせていただきました。DRCSを製作いただいた千代田化工建設さんのご努力も欠かせないものでした。本当に感謝です。
吸着筒の運転状況をモニターで監視する地上メンバー
Q: 大変な時期をチームで乗り越えられた秘訣はありますか。
中心に動いてきたメンバーは常時5人くらいで少数精鋭のチームですが、「あのチームはすごく仲がいい」と羨ましがられることもあります。
1年前の冬に、チームメンバーで1泊2日の温泉旅行にも行きましたよね!
雪が降る頃、鬼怒川温泉でしたよね!そろそろまた行きたいですね。人数が少ない分、お互いにコミュニケーションをとりやすく、モチベーション高く仕事ができたのかもしれません。
Q: 宇宙開発に憧れる方へのメッセージはありますか。またご自身の目標も教えてください。
僕は小中学校に、年に数回講演に行く機会があるのですが、毎回伝えているのは、自分の好きを追求することの大切さです。それは必ずしも勉強でなくてもいいと思います。何かしら自分のやりたいことを見つけ、とことんやることで、どこかで宇宙につながるかもしれません。これからの時代は宇宙工学を専攻していない人でも、宇宙分野で活躍できる時代です。僕自身、化学系の研究をしていましたが、ECLSS分野で経験を活かすことができています。工学だけでなく、化学、生物学、医学などなど、チャンスは広がっています。 現在は少人数で取り組む、生命維持システム(ECLSS)研究ですが、JAXAの中に腰を据えた大きな研究拠点として発展させたい。将来的には、再生型の生命維持装置を日本独自で開発し、月面基地の建設などを日本単独でできるレベルの技術力を持つ研究所をつくることが僕の目標です。
私は学生時代に高分子化学を専攻していたので、出向前のガス分離の仕事とも、今の宇宙の仕事とも、一見つながりがないように見えると思います。でも、その場その場で目の前のことに全力で向き合っていれば、そこでの経験や学びが思わぬ形で次につながることを実感しています。 私は出向者なので将来的には元の企業に戻りますが、宇宙基準の品質保証や難易度の高い開発で培った経験を活かして、これからも宇宙開発に関わって技術的な貢献をしていければと思っています。
宇宙開発は開発期間が長い分、若い人が、必ずしも経験豊富な先輩から直接指導を受けられるとは限りません。そうなると過去の資料や規定を見ながら、自分たちだけで進めることになります。その際に大事になるのが、業務の「基本(あるべき姿)」と「本質」を理解することです。これが、テーラリングの的を外さず、プロジェクトを成功に導く鍵になると思います。 私は開発経験を持つエキスパートチームの一員でもありますが、過去にたくさん痛い目にあってきました。失敗を繰り返さない様に、その経験や本質を、若い人にお伝えできればと思っています。 今の若い方は本当に優秀です。理解も早いし、英語もできて、知識も豊富です。私たちの経験をうまく活用してもらいながら、日本の宇宙開発をどんどんステップアップしてもらえたらうれしいですね。
CO₂除去のデータを確認する伊妻さん、大塚さん、笹岡さん
伊妻 ディラン駿(いづま でぃらん しゅん)
有人宇宙技術部門 ゲートウェイ居住棟プロジェクトチーム 研究開発員 併任:有人宇宙技術センター 併任:宇宙環境利用推進センター
経歴 2023年新卒入社、大学では化学を専攻。大学院では途上国向けの新規水処理技術の研究開発に従事。途上国、宇宙共に極地であることに共通点と面白みを感じ、JAXAに入社。入社後は宇宙実験用装置の開発、軌道上運用に従事。現在はISSでのDRCSの実証(二酸化炭素除去)、次世代水再生装置の検討、微小重力向け植物栽培装置の開発、月面農場の検討、月周回有人拠点(Gateway)での温湿度制御装置の開発を担当。
趣味 サーフィン、読書
座右の銘 人を愛し、愛される。
大塚 康司(おおつか こうじ)
有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター 研究開発主幹 併任:ゲートウェイ居住棟プロジェクトチーム
経歴 重工会社勤務を経て2023年JAXAに招聘職員で入社。前職では宇宙ステーションきぼうの予備設計から打上げ、初期運用まで25年間、管制システム、管制ソフトウェアの開発及びプロジェクト(PJ)統括に携わり、NASDA(当時)のインテグレーションを支援した。入社後は開発経験を活かして、技術及びPJ管理の両面から各PJを支援しています。
趣味 旅行、アニメ鑑賞
座右の銘 自分の設計アイデアが宇宙で思い描いた通りに動作した時、技術者としての達成感・快感は最高です。
笹岡 洸秀(ささおか みつひで)
有人宇宙技術部門 ゲートウェイ居住棟プロジェクトチーム 併任:有人宇宙技術部門有人宇宙技術センター 研究開発員
経歴 2024年よりJAXAに出向。出向前は、ボイラーなどから排出される排ガスを対象に、CO₂を分離・回収する装置の設計・開発業務を経験。JAXA出向後はDRCSをはじめ、月周回有人拠点(Gateway)や月面与圧ローバに搭載するCO₂除去装置の開発業務に従事。DRCSではデータ解析および軌道上運用支援を担当。
趣味 釣り、散歩
座右の銘 人間万事塞翁が馬