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2024.01.30
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宇宙で植物はどう育つ? 植物が生きるしくみを探究する

大阪公立大学 大学院理学研究科 生物学専攻 教授
曽我康一
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民間人が宇宙旅行をし、探査機が月を目指すなど、人の活動が地球の外へ拡がる動きが活発になっています。「宇宙で人が暮らす」ということが夢物語ではないと感じている方も、徐々に増えてきているのではないでしょうか。

人が長期的に宇宙で暮らすためには食料となる植物を育てることが必要ですが、現時点では、人が生命を維持するだけの植物を宇宙で育てることはできません。でも、そもそも植物は宇宙という地上とまったく異なる環境でも育つことができるのでしょうか?

「重力」という切り口で植物が成長するしくみを研究する傍ら、国際宇宙ステーション(ISS)にある「きぼう」日本実験棟を活用した子どもたちの科学教育にも取り組む、大阪公立大学の曽我康一先生にお話を伺いました。

植物が宇宙環境に対応するしくみを探究する「宇宙植物学」

Q:曽我先生は長年「宇宙植物学」の研究に取り組んでいますが、宇宙植物学とはどのような分野ですか。

曽我宇宙植物学の研究は、大きく二つにわけることができます。一つは、重力の大きさなどが地球とは異なる宇宙環境での植物の反応とそのしくみを調べること。もう一つは、食料の供給や環境の維持・浄化などを担う植物を宇宙でどう育てるかという研究です。また、私たちが宇宙で活動するときのストレス軽減に利用する観賞用植物をどう育てるかも研究する必要があります。二つ目の研究を行うためにも、一つ目で挙げた、宇宙環境で植物がどのような反応を示すのかを明らかにすることが大切です。

Q:先⽣は特に重⼒と植物の形や成長との関係を研究されています。重力は植物にどのような影響を与えるのでしょうか。

曽我:動物は自分が快適な環境に動いて移動できますが、植物は動いて移動することはできないので、周りの環境にあわせて体の形や成長を調節するしくみをもっています。

地上の重力は1Gで、「方向」も「大きさ」も変わることはありませんが、植物にとっての重力の「方向」は変わります。たとえば、風などで植物が横倒しになってしまっても、やがて茎は上(もとの方向)に曲がって成長します。また、真っ暗な地中にある種子でも発芽すると茎が地上に出てきます。これは重力屈性といって、植物は重力の「方向」に反応して、茎は重力と反対方向に、根は重力の方向に成長するしくみをもっています。

また、重力には「方向」だけでなく「大きさ」もあります。地上で暮らしている生物は1Gの重力に対抗できる体をつくらなくてはいけません。動物は骨や筋肉を使って1 Gの重力に耐えています。植物がどのようにして重力に耐えているかを調べるために、たとえば、アズキの芽ばえ(発芽したばかりの植物)を5時間だけ、遠心分離機で作った300Gの過重力環境で育てると、1Gで育てたものと比べて細胞壁がかたくなるとともに、茎が太く短くなります。すなわち、植物は、細胞壁のかたさと茎の形を調節して、重力に耐えています。この過重力実験の結果を高校生向けの授業などでも紹介するのですが、高校生たちの反応は「ほとんど変わりませんね」です(笑)。でも、人がたった5時間、300Gの力を受けてお腹周りが太くなったらと思うと、すごいと思いませんか。

左から処理前、1G、300G環境下で5時間生育させたアズキの芽ばえとその茎の横断切片(論文より引用。一部改変)

Q:よく見ないとわからない変化に思えますが、人にたとえるとすごいことですね。先生はなぜこの領域に関⼼をもたれたのですか。

曽我:私が大阪市立大学(現 大阪公立大学)の学部4年生として、植物生理学研究室(現 植物機能学研究室)に配属された際に、神阪盛一郎先生を研究代表者とするSpace Seedの実施が決まっており、この実験で使用する装置である植物実験ユニット(Plant Experiment Unit : PEU)を作製するための機能検証などに取り組みました。

また、大学院生のときに、保尊隆享先生を研究代表者するBRIC研究分担者として参加することができ、宇宙で植物を育てると細胞壁のかたさがどう変わるのかを調べました。実験準備などのためにアメリカのケネディ宇宙センターに行くという貴重な経験もさせていただく中で、植物が重力に対抗する体をつくるしくみに強い興味をもち、この研究を現在も続けています。

地上では簡単に育つ植物も、宇宙で育てるのは難しい

Q:宇宙植物学の領域では、さまざまな宇宙実験が行われています。これまでにどのような実験が行われてきたのでしょうか。

曽我:私が関わった実験としては、BRICResist WallSpace SeedFerulateResist Tubuleがあります。BRICのみスペースシャトルで行われ他の実験はISSの「きぼう」で行われました

BRICResist WallFerulateResist Tubule4つは、植物が重力に対抗するしくみを調べる実験で、重力に対抗する必要のない宇宙の微小重力環境では植物は柔らかく細長い体をつくり、その変化には、細胞壁代謝の変化が深く関係していることがわかりました。

重力は、地球上で最も安定した環境要因で、普段その影響が注目されることはあまりありませんが、実は、植物の形や成長に大きな影響を与えているのです。

Space Seedは、植物の生活環全体に対する重力の影響を調べることを目的に行われた実験で、宇宙環境では生殖成長や老化過程の抑制が見られるものの、生活環を完結できることがわかりました

Q:生活環の完結とは、成長して次の子孫を残すまでのサイクルが回ることが確認できたということですね。宇宙での植物栽培に一歩近づいたと言えるのでしょうか。

曽我:宇宙環境が植物の種子形成にどのような影響を及ぼすかはずっとNASAが実験をしていて、当初は種子ができなかったのです。最終的にわかってきた原因は、微小重力により対流が抑制されることにより、湿度が高く、種子ができなかったということでした。そこで、Space Seedでは栽培装置内の空気を対流させたところ、種子ができました。

一方で、宇宙では、種子の保管が課題です。きちんと発芽する状態で種子を保管するにはそのための場所や設備が必要で、もし宇宙で種子がなくなってしまうと一大事です。そこで、大阪公立大学の北宅善昭先生は、種子がなくても殖やせ、栄養価が高いジャガイモやサツマイモを宇宙で育てようと研究をされていて、私も加わらせていただいています。

地上では、植物は勝手に生えているイメージがあると思います。だから簡単に育つと思われがちですが、宇宙で植物が成長し、種子を残すというのは難しいことです。現在は、企業なども宇宙での植物栽培に取り組んでいますが、宇宙で暮らす人が食べられるだけの収量を確保するにはまだ多くの課題があると思います。JAXAには、こうした企業と私たちのような基礎科学の研究者をつなぐ活動もしていただけるとありがたいと思います。

Q:これらの実験に続いて、先⽣が研究代表者としてISS・「きぼう」でAniso Tubuleが行われました。どのような実験でしょうか。

曽我:最初にお話ししたように、過重力環境を利用した地上実験により、茎を太く短くすることが、植物が重力に耐えるしくみの一つであることがわかりました。茎の細胞の表層微小管の向きが横向きから縦向きに変わることで、細胞が横方向に成長することで、茎が太く短くなっているのです。この地上実験の結果から、重力に耐える必要のない宇宙では、横向きの表層微小管をもつ細胞が多くなり、細胞が縦方向に成長することで茎が細く長くなるという仮説を立てました。

この仮説を確認するためには、宇宙での実験が不可欠ですので、「きぼう」での実験を行うことになりました。

Q:この実験ではどのようなことがわかりましたか。

曽我:この実験で用いたシロイヌナズナの茎は、地上のものと比べて、細く長くなりました。また、宇宙で生育させた茎では横向きの表層微小管をもつ細胞の割合が地上のものより多く、また、微小管を横向きにするはたらきのある微小管結合タンパク質のレベルも地上のものより高いことが示されました。

Aniso Tubuleでは、微小重力環境において植物の茎が細長くなる際の表層微小管と微小管結合タンパク質の役割を調べた
Aniso Tubuleにおいて、栽培容器内で生育させたシロイヌナズナの芽ばえ

Q:実験の実施には、いろいろご苦労もあったと伺いました。

曽我:そうですね。この実験は追加候補テーマ募集への提案だったので、サンプルの持ち帰りができず、余剰クルータイムを使うことが条件でした。余剰クルータイムという、宇宙飛行士の手が空いたタイミングで対応してもらうので、前もって計画することはあまりできず、突然、「実験ができるので筑波宇宙センターに来てください」と言われ、急遽出張して実験をするんです(笑)。顕微鏡観察の際には、どの部分を撮影するかというコマンド(指示)をISSに送信するのですが、通信の制限があって、一度に送信できる文字数に限りがあります。顕微鏡観察の自由度がもう少し高いとよいのですがなかなか難しいですね。Aniso Tubuleを含め、宇宙実験ではISSに持ち込める装置や使える資材が限られるので、どう対応するか、いつも頭をひねっています。

JAXAの皆さんには顕微鏡観察のトラブルの際にその場で対応を検討いただいたほか、余剰クルータイムを適切に見つけていただき、実験を行うことができました。

Q:2040年頃には⽉に⼈が住むようになるとも⾔われています。こうした未来に向け、今後、どのような研究を進めていく予定ですか。

曽我:現在の輸送技術では、全ての食料を地球から月や火星に運ぶことは技術的にも経済的にも非常に難しいでしょう。ですから、宇宙での食料確保は大きな課題です。

これまで私たちが行ったほとんどの研究では、暗所で育てた芽ばえの成長に対する重力の影響を解析してきました。宇宙での食料生産のためには、明所で育てた植物の成長に対する重力の影響を知る必要がありますが、ほとんど情報はありません。そこで、現在、機能性野菜として注目されているブロッコリーの芽生えを明所で生育させ、その成長に対する過重力の影響を調べています。また、ジャガイモの塊茎形成に対する過重力の影響も調べています。

宇宙を通して生物の面白さにふれる機会をつくり、生物離れを食い止める

Q:先⽣は「きぼう」を利⽤した科学実験プログラムAsian Herb in SpaceAHiS)に、アドバイザー/実験分担者として参加されました。科学教育についてはどうお考えですか。

曽我:アジア・太平洋地域の子どもたちの教育を目的の一つにして、この地域の宇宙機関が共同企画した宇宙教育実験・アジアの種子(Space Seeds for Asian Future:SSAF)の3回目として行われたのがAHiSです。

種子の状態で打ち上げたスイートバジルとホーリーバジルをISSで発芽・生育させ、その状況を、野口聡一宇宙飛行士がほぼリアルタイムでTwitter(現 X)やYouTubeで報告してくださいました。教育プログラムとしてはもっと高い成果が期待されるのかもしれませんが、私自身は、まずは子どもたちが興味をもってくれればいいと思っています。

ただ、他のアジア諸国に比べて日本からの参加者が少ないのが残念です。最近ではスーパーサイエンスハイスクールや「総合的な探究の時間」などもありますから、そうした取り組みの中で参加していただきたいなと思います。

高校では生物の選択者が他の理科の科目に比べて減少しており、「生物離れ」が起こっていることに危機感を持っています。私たちも生物の一員ですから、生物を学ぶことには大きな意義があります。宇宙実験が少しでも「生物離れ」を減らすきっかけになればと思っています。

ハーブの一種であるスイートバジルとホーリーバジルの種子を打ち上げて宇宙で栽培するAsian Herb in Space(AHiS)では、当時ISSに滞在していた野口聡一宇宙飛行士がリアルタイムに近い状態で生育状態を発信した

「役立つ」ことは大切だが、「興味を持つ」ことも大切

Q:宇宙のように未知のことが多い環境に出ていくには、こうした基礎科学の研究が重要ですね。

曽我:先ほど、Aniso Tubuleで宇宙では植物の茎が細く長くなることがわかったと言いましたが、それが直接的に何に「役立つ」とは言いにくいです。

基礎科学としては意味ある成果だと思いますが、すぐに役立つことが求められがちな現代では、基礎科学の魅力を伝えるのは難しいなとも思います。私たちの宇宙実験がきっかけとなり、理科や生物に「興味をもつ」人が一人でも増えることを期待しています。

Q:最後に、「きぼう」利⽤に興味をもつ方に向けて、メッセージをいただけますか。

曽我:宇宙では地上実験では考えなくてよいようなことも検討しなくてはならず、手間と時間はかかりますが、地上では絶対にできない実験をすることができます。まずは、JAXAの方々や宇宙実験を行ったことがある方に話を聞いてみるとよいと思います。

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プロフィール

曽我康一(そが・こういち)
大阪公立大学 大学院理学研究科 生物学専攻 教授

2000年、大阪市立大学 大学院理学研究科 生物学専攻 後期博士課程修了。博士(理学)。岡山県生物科学総合研究所 流動研究員、その後、大阪市立大学 助手、講師、准教授を経て、2020年に教授。2022年から現職 (大阪市立大学と大阪府立大学との統合による大学名称の変更)。中学校の理科、高等学校の生物基礎と生物の教科書の作成にも携わっている。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA